【サバト・サーバント】
虫の音もめっきり密やかになった十一月の夜。
金色の月明かりの下、人里離れた古城では今正に暗黒の儀式が執り行われようとしていた。
ランプの明かりがやんわりと石造りの部屋を照らし、そこに立つ一人の執行者の姿を浮かび上がらせる。
その者は銀髪紫眼の青年であり、奇妙な意匠を凝らした外套を身に纏っていた。
そして更に奇怪な事に、後ろへと撫で付けたその髪の隙間から、血のように赤い二本の角が対となり生えている。
床に記した幾重にも重なる魔方陣を満足そうに眺め、青年はコクリと頷くと大事に抱えていた塊を中央の陣の前へと据え置いたのだった。
「さあ!
ハロウィンの夜祭りで人間共の精気をたっぷりと吸い込んだカボチャと、このオレが一週間肌身離さず力を注いだ水霊魔獣の仮面よ!
魔法陣に刻印されし召喚紋に従い、オレの下僕となるべき超強力な魔獣を呼び寄せやがれェッッ!!」
赤角の青年がそう宣言し、片膝を付いたまま両の手を魔方陣にかざす。
すると呼び掛けに応じるように遥か地底から揺らぎが訪れ、陣の手前に据えられていたカボチャがカタカタと小刻みに動いて紋様の中心へと引き寄せられていった。
その周囲に禍々しい黒光がズルズルとまとわり付き、背に大きな翼の生えた魔神のようなシルエットを描き出してゆく。
「オォイ、コレかなりイイ感じじゃねーかよ!」
興奮の浮かんだ顔で青年が身を乗り出し、声を上げて笑い出す。
それに呼応するよう、カボチャとその表面に縫い付けられていた仮面も小刻みに揺れる。
次第に黒光が集束し、遂に何者かの咆哮が響き渡った時、召喚せし者を受け入れるよう青年が腕を広げると、突如陣の中に異変が生じたのだった。
ビシリ、と音を立てて仮面に亀裂が走り、不揃いのタイルのように石床に落ちて散らばる。
その様を目にし思わず悲痛な声を青年が洩らすと、今度はカボチャに彫られたランタン鬼の口から黒光が溢れ、みるみる内に欠片を掬い取り呑み込んだ。
ただの洞であったランタンの眼窩に赤い火が点り、その中央に薄緑色の照点が生じると頭を支えるように黒い身体が現れて陣の中央に着地する。
それと共に陣の鳴動も収まり儀式の効果は全て消え去ったのだった。
「……」
無言で陣の中央を見据える青年の顔にはハッキリと、期待外れでガッカリ、という心情が浮かんでいる。
その視線に耐えかねたのか、ランタン鬼は瞳の炎をちらつかせると地面すれすれを飛んで召喚者の元へと近付いたのであった。
「貴様か、俺を喚び出したのは」
可愛らしく見えなくもないカボチャの表面に、儀式の前にはなかった頭巾のようなものが被さり、その額には名前は思い出せないが何処かの魔境の紋章が刻まれている。
その胴体の袖を組み、青年を睨み上げる姿にはよく分からない威厳のようなものが感じられた。
「アレ? 見た目と違ってかなりのオッサン声なのなー。
歳、いくつだァ?」
意思の疎通が図れることを認識し、青年は一抱え程の大きさのカボチャ頭に手を伸ばすと、ペタペタと触りながら問い掛ける。
「見た目と実年齢は必ずしも一致する訳ではない。
この姿になってからは日が浅いが、魔界に生を受けてからは九十余年、忘れもしないあの大戦で俺は強力な能力を得る代わりに」
「え、その話長くなりそう?」
問われたならば答えよう、の心得で己の来歴を語らい始めた側から、赤角の青年の心無い遮りが割り込んだ。
「お前は悪魔か……」
「おーよ! 召喚儀式だって魔女の手も借りずにやっちまう悪魔の飛段サマだぜ」
出鼻を挫かれ憔然とするランタン鬼を前に、悪魔の飛段は晴れやかな笑顔で胸を張る。
その様子に益々瞳の炎を憂鬱げに揺らめかせ、召喚されし者は戦の傷を癒す為とは言え、人間界の祭りの供物に身を潜めた事を悔やんだのであった。
「さーて、儀式したり魔力使いまくったりでオレは腹ペコだぜ。
詳しいコトは後で聞いてやるし、とにかく今後ともヨロシク頼んだぜ、相棒よ!」
悪魔の飛段はそう言って相手の頭をポンと叩き、そのまま部屋の扉を開け放して出て行ってしまう。
「フン、こうなれば俺の身体が完全に復活するまで、アイツの魔力を吸収し続けてやるとするか」
ハロウィンの晩過ぎからずっと、絶えず抱き抱えられ注がれ続けた魔力は微弱ではあるが良く身に馴染んだ。
期限の定まらない休養の合間、暫し悪魔のサバトに興じて従者となるのもまた良しか。
そう巡らせていた思考を打ち切り、ランタン鬼のサーバントはふわりと浮かんで主の後を追う。
薄暗い廊下の先からは、ほの甘いカボチャのシチューの香りが流れ来る。
ランタン鬼の、やはり貴様は悪魔だ!
と言う悲嘆混じりの怒声が響き、人に忘れられた古城に久方振りの賑わいが戻った夜であった。
end