憂鬱

□I was caught on that night.
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「おや、びっくりです」

「あんまびっくりしてねぇ声でびっくりですとか云うな」

「いえ、驚いているのは本当ですよ?」

怪盗という稼業を始めて約10年程。

これまで、色んなヤードと裏を欠きつ欠かれつの交戦を繰り広げてきた、けれど、こんなに僕を捕まえるために追ってきたのはこの探偵さんが初めてです。

さて、今は律儀にこんなこと考えてる場合ではありません。

この狭い片側通行の通気口に反対車線の筈の探偵さんが突っ込んで来てます。

どうしましょうか。

「つ―か―ま―え―た―ぞ―コノヤロ―」

ありゃ。捕まっちゃいました。

けれど、貴方に捕まるのは、悪くないかもしれませんね。

「あ―ぁ。結構呆気ないもんだなぁ〜…」

僕の腕に手錠を掛けながら、探偵さんは言った。

「こう、捕まえる時のスリルっつーか、無いな、お前。あっ、そーだ、抵抗しろよ、その方が燃えるし、捕まえ甲斐がある」

「えー…、嫌ですよ。それに僕、本当はこうして 捕まってしまうのを期待していたのかも、しれません」

「何だそりゃ。マゾ?」

「違いますよ。 そうですね、貴方だけに特別に僕の秘密を教えてあげます」

探偵さんは、何云ってんだコイツ、みたいな顔をして、胸ポケットに手を突っ込み、煙草を咥えて、ライターを取り出して………止めた。

狭い通気口なんですから。
こんなとこでそんなもの吸われたら、連行前に2人して一酸化炭素中毒で死んじゃいます。
探偵と怪盗の心中劇なんて、喜劇もなりませんよ。

「探偵さん」

「ん?」

「僕、…孤児だったんですよ。幼少時から、生きるか死ぬかの一線さ迷うような生活してたんです」

此処までは、別段、珍しくも何ともないはなし。

「探偵さんは、“カミサマ”って信じますか?」

「信じてねえな」

「けれど人は、危機に晒された時、意識的にしろ、無意識的にしろ、神に救いを求める生き物なんですよ。僕も例外ではありません。
もう一つ質問です。




超能力者の存在を、認めますか?」

言うや否や、僕の身体は小さな緋い光に収縮していく。

ごめんなさい、探偵さん。
まだまだ、貴方には捕まってあげません。












「は、はは……稀代の怪盗は稀代の奇術者か…。はは……アホか俺は。捕まんねー訳だ」

けれど、いつかは絶対捕まえてやる。



「で、今日も逃げられたの」

「言うな、国木田よ――。
徹夜明けで更に一仕事してきた身体に説教だけは勘弁だ」

「でも、不思議だよね」

「何が」

「僕も偶に現場に行くけど、あのバ怪盗の姿を見るのも稀だし、声なんて聴いたことないのに、所長には通常会話はおろか身の上話までするんだよ?変じゃない?」

「全く。10年の差だ、10年の」

「そんなものかなぁ」

「そんなもんだ」

「じゃあさ、所長は、あの仮面の下も見たことあるの?」

「それはない。
第一、怪盗がほいほい素顔晒す訳ねぇだろ」

「まぁ、それもそうか」



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