拍手小説

□noise
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帰りたい。帰りたい

目が覚めた。見覚えのない天井と、風に靡くカーテン

再び目を閉じ、体を少し動かす。途端に、腹に鈍い痛みが生まれた

「……いた…い」

自らの声に驚いた。少し掠れているようだ。そして、自分の掌の中で何かを握りしめているのが解った

手を少し緩めると、緑色の宝石のような石が納められている

…ああ、覚めなければ良かった。このまま眠っていれば良かった

思い出した。此処は私の居た世界じゃない。此処は異世界

光に包まれて、酷く頭にくる口調の子供に気絶させられた、異物

覚めなければ、良かった

「あ、目が覚めましたか?」

声に反応して顔だけ振り向けば、私を見て泣いていた栗色の髪の女の子が笑顔で歩み寄ってきた

「良かった…バルレルくんったら女の子の貴女のお腹を本気で殴るんですもの!痛かったでしょう?」

笑顔でさらに歩み寄ってきた女の子に、私は怖くなり飛び起きる

ベッドの端まで下がり、無意識に自らの手で頭を包み込み丸くなった

怖い。怖い。今度は何をさせる気なの

「……顔を、上げてください」

嫌だ、声には出さない。出せないと言うべきか。ガチガチと口が震えている

怖いと思いながら、冷静に自分の心情を言えるのは、些か心に余裕を持っているのではないだろうか

いっそ恐怖で叫び続ければ楽になるかと自分で問えば、そんな訳あるかと馬鹿にされた

「私たちは、貴女に何もしませんから、だから…顔を」

上げてくれませんか?

優しい。可愛くて、透き通っていて、綺麗で、小鳥の囀りのようなその音色

何もしない?じゃあどうして自分は此処にいるんだ

此処は自分のいる世界とは違う。変な鎧の人たちに戦えない腕で戦えと言われて

何もしてないのに、アンタは泣いたんじゃないか。怯えた目で、泣きながら、自分を見据えて

あの時の不思議な光。あれのお陰で鎧の人たちはいなくなった。それならいっそ気持ちよく皆消えれば良かったのに

何かされるから此処にいるんでしょ

この知らない世界で、自分が今まで生きてきた証とか、証拠とか経緯とか承認とか血筋は、一つもありゃあしない

第一知らない世界とか、さっき持ってた不格好な杖とか、手中にある変な石とか。……なにそれ

「え、えっと…あたしの名前はアメルです。貴女のお名前は何ですか?」

頭が痛い。目眩がする。さっきから顔を上げてだの名前はなんだ、だの

いつもの自分なら、笑って流したかも知れない。元いた"世界"でなら、冷静になれたかもしれない

だが此処は自分がいた場所じゃない。冷静にさせる物がない。家に帰りたい

家族は?友達は?学校は?帰りたい、帰りたい、帰りたい

憎しみが体中を巡って、歯軋りがなる

「貴女の、お名前は?」

怒りで頭が真っ白になった。気がつけば、手の中にあった緑色の光る宝石のような石を、女の子に投げつけていて

きゃっ、と短く叫んだ彼女は額を押さえ足を一歩下げた

可愛い女の子に、自分はなんて事をしてしまったんだろう。この子は悪くないのに

感じた罪悪感。だがそれよりも怒りや虚しさ、悲しさの方が強い

「帰して」

「…えっ?」

彼女が聞き返す。ここへ来て初めて口を開いた気がする。憎しみを八つ当たりでぶつけようとしている自分の声は、あまりに醜かった

「帰して!家に、帰して!!勝手に連れてこられて、変な棒とかその変な石持たされて…!!何もしてないのに、アンタ達に武器向けられて、怯えられて、泣かれて!!」

終いには、自分に一番怯えて泣いていた彼女が親しげに、馴れ馴れしく話しかけてきて

痛かったでしょう?女の子に何て事を?大丈夫?

「あたし、何もしてないのに…アンタ、何もしてないあたしに怯えてた。泣いてたよね?」

「……、はい、怯えてました」

違う!!そう返事が返って来るもんだとばかり思っていたのに、彼女は潔く認めた

予想外に、自分の頭がひどく冷静になっていくのが解る。彼女は酷く悲しそうな表情で、口を紡いだ

「貴女を恐れていたのは、貴女が黒の旅団の人だと思っていたからです」

「黒の旅団…?…あの鎧の?」

「はい。でも、違いました」

あまり覚えていないが、いつの間にか鎧の人たちはいなくなっていた

あんなに頭が真っ白だったのに、彼女の認めによって軽く収まってしまった

呆れた、というか

「貴女が、私たちをあの人達から護ってくれたんです」

「…は?……何それ」

「この石です」

先ほど投げつけた緑色の石を返される。すると、先程より淡い光が石を包んだ

「貴女は、貴女に怯えていた私たちを護ってくれました。それが、貴女の意志でなくても」

「……あの鎧の人たち、どうなったの?」

「えっ?あ、あの…それは…」

よくある小説の話。記憶の一部が曖昧で、本人は覚えておらずに他人に聞けば、自分が相手を殺してしまった

という展開が王道で

「あたし、殺したの?」

彼女は答えなかった。だが、沈黙は肯定と捉えられるために、今更ながら恐怖を覚えた

ノイズが頭を小さく過ぎる

「…あたしはこれからどうなるの?」

彼女は答えない。ノイズ音が強くなる。電波を上手く拾えてないラジオのような、不快なノイズ

「帰れる?違う、帰りたい。どうすれば帰れるの」

彼女は答えない。悲しそうな表情がより一層深くなる

ジジジッ、と視界までもがノイズに侵され途切れ途切れになってきた

誰か、誰か

あたしを家に返してください。帰りたいです

ブツンッ、ジジッ、と途切れては蘇る視界と聴覚

「──せ─、───す」

目眩がする。今まで眠っていたベッドに倒れた感触があったので、自分は倒れたのだろう

ノイズ音が忙しなく頭を駆け巡り、視界は完全に切れてしまった

ノイズは大きくなり、ついに、ブツンッ、と切れる

「───────!」

誰かのけたたましい叫びを聞き、自分は意識をやっと手放した



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