小説

□フィクション
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 2000年七月
東京上野で起きたバラバラ殺人事件は、未解決のまま、現在も放置されている。
 
 

渋谷は人で賑わっていた。
休日。真昼の交差点。
空を見上げようとすると、ビルが邪魔をする。
太陽はむっとする熱気をはなって、頭上にいた。真上だ。
上月桜は、腰を落として携帯灰皿に火種を落とすと、待合場所で有名な壁画に背中を預けた。
白いシャツに黒のジーパン。伸び放題の髪は後ろに束ねてあり、化粧は一切ない。
若者の町らしいが、こうしてみると、結構大人も多い。三十七歳の桜が居ても違和感はなかった。そのことに桜はほっとしていた。
待ち合わせの場所を聞いたとき、最初はひどく抵抗したのだ。
実際きてみると、若者の間に埋もれるのは意外にも悪い気分ではなかった。
綺麗な子が多く、桜は、待ち人のことをすっかり忘れて、スクリーンを見ている気分で通行人を眺めていた。
「待ったか?」
だから、突然視界を覆った男に、驚いた。
「・・なんだ、天外か」
桜が呟くと、男は、口元を尖らせた。
「おいおい、俺と待ち合わせだろ、おねーちゃん?」
「そうだった」
天外あき。三十四歳。
変わった名前だが、本名だ。
知り合って五年も経つ。
黒い艶やかな髪を腰まで伸ばし束ねている大男は、こうしてみると、あきらかに異質だった。
日に焼けた肌。
日本人離れした堀の深い顔立ち。 
黒いシャツに破れかぶれのジーンズ。
百九十あるのに、踵のあるブーツを履いているせいで、ますます存在感が増した。首元の銀のチェーンが妙に似合っている。
「三十一分」
腕時計を見て、桜は、待たされた時間を告げた。
職業柄時刻を気にする癖が身についていて、このときも意識する前に目が動いていた。
「五十三秒」
「お、進歩しているじゃん、俺」
顔を上げると、天外は軽く首を傾けて、にんまり笑う。
そうだった。最初は七時間待たされた。
桜は、失笑すると、腰を上げた。
「・・・それで、現場は何処?」
派手にお尻を叩く。途端、天外の表情が曇った。
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