小説
□天龍
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幕開け
古都サライユは栄えていた。
朝も早くから人々は買い物籠をぶらさげて、建ち並ぶ商店を行き来していた。
商人の威勢の良いかけ声に足を止める者。
値を交渉している者。
軽やかに笑う若い娘達。
大人に負け時と商売に励んでいる子供達。
平和なその光景に、通りを歩いていた青年は肩の力が和らぐのを感じた。
このところ血生臭い仕事が立て続けで、いい加減、死臭漂う村だの無人の街だの、魍魎が徘徊する荒涼とした都市だのからおさらばしたい心境だったのだ。
魍魎が跋扈し、人を襲う世界。
封魔師。
それは金と己の命を両天秤にかけるような、そんな危険極まりない職種だった。
集う連中もすねに傷をもつ身が多く、その他はと言ったら己の力量を試したくてうずうずしている武道マニアばかり。
ギルドに所属しているのなら話は別なのだが、一匹狼を謳う者は金だけ頂いてトンズラする輩も多かった。
もっとも抜きん出て秀でている者も無所属が多く、赤のドレイン、南のルーデシク、風のシヴァ。
それから龍のサイカはその筆頭とも言えた。
人々の間を縫うように歩きながら、青年は、腰に差した長剣が他人の邪魔にならないよう左手で押さえた。
青年=龍のサイカは、新たな依頼主に会う為に、昨夜サライユに到着した。
深く被ったフードのせいで容色は伺えないものの、黒い装束に包まれた姿は無駄な贅肉のない引き締まった細身で、しなやかな身のこなしは道行く人々を一瞬振り返らせるほど優美だった。
そして、黒い服から覗く白い手は、剣を扱うには華奢で頼りなげに見えた。
サイカは、静かに商店街から人通りも疎らな石畳の通りへと足を運んだ。
その先、三つ目の角を曲がった所に、依頼主が待ち合わせに指定した小さな宿がある。
昨夜から宿泊しているが、路地裏にありながらそれなりに繁盛しているらしく今日も早朝から人の出入りが見られた。
近く春を祝う祭りがあるせいかもしれない。
通りとはうってかわって賑わっているカウンターを横切って、サイカは宿泊している二階の部屋へと向かった。
「ジーク」
ドアを開き、窓辺で佇んでいる十一、二歳くらいの少年を呼ぶ。
「あ、おかえり。依頼主の代理人が来ていた。夕刻の三にサンディエの森へ来いってさ」
振り返った少年は、三つ編みにまとめた薄茶色の髪を邪険に払いのけながら、大人びた仕草でサイカを見上げた。
目鼻立ちの整ったその容貌は、子供ながらにも華々しさと色気を備えていて、見る者にある種の感動を与えた。
但し、口を開くと全てが崩れる。
「それが、ものすごく上品な、くそじじい」
鼻頭に皺を寄せながらジークは、ドアを閉めたサイカに目を向ける。
この季節、ジークは本当はサイカに仕事をして欲しくなかった。
依頼人の名前は、デナート・カジャ。王家とは遠い親戚筋にあたる豪商で、その身元の確かさと報奨金のでかさに渋々頷いたのだ。