かおす

□帝国パラレル
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「いってきまーす」
欠伸混じりに玄関を後にすると、奥のキッチンから李暫嶺の苦笑いが聞こえた。玄関を少し覗く。奥から顔をみせた李暫嶺の姿。
「……いってらっしゃい」
低く、静かな声音。
 ……聞いていると少しだけ胸がこそばゆい。欠伸を噛み締めて、俺は扉を閉めて外に出た。そろそろ彼女を迎えに行かなくてはいけない時間だった。


 事の経緯は3ヶ月前。初めて故郷から離れ、東京で一人暮らしをしていた頃だ。といっても、本当に一人暮らしをしていたのはたった一週間だけ。なけなしの金をはたいて東京まで来てボロアパートで遣り繰りしていた俺は、不幸にも自転車で(不可抗力)高級車を轢いてしまい多額の借金を背負ってしまう。でもって、その数時間後には住んでいたアパートが全焼。(これはもう、祟りとしか例えようがない)
 手元に残っていたものは3412円の全財産と前輪の歪んだ自転車と携帯ぐらいなものだった。その後の3日間前後は思い出したくもない。頼れるような知り合いもいない中、途方にくれてもお金は舞い込んでくるわけではない。日々の生活と借金を前にお金は必要だった。日雇いでバイトを詰め込んで夜は公園で夜風に震えながら寝るような日々の繰り返し。あの時ほどダンボールの温かさを思い知ったことはない。
 しかしそんな日々もある1本の電話で一変してしまう。
 電話はぶつけてしまった自動車の持ち主からで、借金の返済について話し合いたいという旨のものだった。俺は電話で指定された場所へ行った。
 指定された場所へ向かえば、そこで待っていたのは自動車の持ち主。肩幅も背丈もでかい妙に高圧的な男だった。事故当初は、無人の車に俺の自転車がぶつかってしまったこと。でもって、その際のやり取りを代理人を通して行っていたため男とは初対面だった。
 男の名前は史鋭慶。外資系の投資をやっている、という簡単な自己紹介をして、早々に言われた言葉は要約して「ちゃんと借金を返済できるか」ということだった。史鋭慶は、事前に俺の経済状態を調べていたようで、苦しい俺の経済事情は知っている様だった。俺はただ借金はちゃんと返すとしか言葉を返せずに、次第に口ごもってしまう。
 さらにいえば余計なことにその史鋭慶の話すまでの過程には、厭味と皮肉としか言いようがない言葉が盛り込まれていた。普通に会話ができないのだろうか。
 まあ、それが根の葉もないことかといえば嘘になる。が、事実を事実のままに淡々と確信を突いてくるのが始末終えない。本人に自覚はないらしく俺の口が次第に引きつっていくのも気がつかない。いや、気づいていても気にしていないだけなのか。顔は出会ってから数ミリも変わっていない。
 当たり前といえば、当たり前だが。いくら本当のことだといっても例えば「お前、不細工だろう」と面をきって言われれば誰でも面白くないに違いない。他人にコンプレックスを指されることほど嫌なものはない。当然のことながら、そのときの俺も目が据わっていた。
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