現し世の夢

□第四話 月下の攻防
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夕暮れ時の寂しげな風が入り込む室内。
その中には愛想が悪そうな青年と、冷たい美貌を放つ女性と、うとうとと眠りかけている少女がいた。

青年と女性は互いに茶を飲み交わしつつ、談話をしている。


「あそこまでする事ないだろうが」
「仕方ありませんわ。私は一応、彼女の護衛獣ですもの。主の安全を何よりも優先すべきなのです」
「彼女の……ねぇ」
「何かございまして?」
「言っても無駄だから言わん」


気まずい沈黙だった。
あまりの空気の重さに、少女も目が覚めてきたようで、不安そうに二人を交互に見ていた。


「あ、あのぅ……?私、何かしちゃいましたか? あまり良く覚えてはいないんですけど」

青年は少女のその様子を見て、ため息をつく。

「嬢ちゃんには関係ないから、上にいるシェリカの手伝いでもしてくれないか?」
「――? はい、じゃあ失礼しました…」

おずおずと言う雰囲気で、少女は居間を後にする。
少女がいなくなって、何分経っただろう。
数分か、数十分か。
判断がつかぬほど、緊張感が漂っていた。

口を先に開いたのは、青年の方だった。


「――で、どうするつもりなんだ?」
「放置はしませんとも。当然彼女に追いついて……」
「連れ戻して記憶でも操作するか?」
「……それは、状況を見てからですわね」
「あの野郎か?」
「まあ、そうです。可能なら救出はしたいですから。ユリカの精神衛生を考えても」


その言葉に、青年の口角が少しだけ上に上がる。
しかしそれは皮肉を意味する笑みだ。


「……都合良いな」
「何とでもお言いなさい。全ては、あの方のためです」
「『彼女』のためじゃなくてか?」
「………」


女性はもう何も言わなかった。
言えなかったからかどうかは、彼女の胸の内に聞かねばわからないだろう。

女性の体から一閃の閃光が放たれ、青年は思わず目を閉じる。
そして再び目を開いた時には、女性の姿はもう無かった。
代わりに小さな羽ばたきの音がするが、それもすぐに聞こえなくなってしまう。

青年は窓を閉め、居間から出て行こうとする。
だが、同時に入ってきた妻とぶつかりかけ、少したたらを踏んだ。


「……っと、どうしたシェリカ?」
「フィリエルさんは言ってしまったの?」

シェリカの顔には汗が浮かび、何本か髪の毛が張り付いている。
いつもおっとりと振る舞う彼女には実に珍しいことだ。

「ああ、あいつを追っかけてった」
「そう、なら伝言は間に合わなかったのね」

シェリカは困り果てた様子で、右手を額に当ててため息をついた。

「どうかしたか?」
「それがね……?」


妻の伝言はごく簡潔だが、要点は的確だった。
それ故に、事態の緊急さが手に取るように伝わってくる。


「どうしましょう?」
「……留守を頼めるか?」
「じゃ、夕飯は冷たくなってもおいしいものにしておくわね?」
「――ああ」


男性は妻を抱き寄せ、額に口づける。
妻は逆らうこと無く受け入れ、彼を送り出した。

窓から飛び出す彼の背を見送りながら、シェリカは小さく両手の指を絡ませる。


「早く……帰ってきてね」


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