現し世の夢

□第五話 父と娘と
1ページ/15ページ



朝っぱらから、居間には怒声が響いている。


「良いから、教えなさいよ!」
「私がお話しても、別に構わないのですが……」


ユリカは居間にフィリエルを呼び出し、問い詰めていた。
隣に座るヒナギクはすっかり意気消沈し、シーツを頭からすっぽり被っている。

それを責める気には、ユリカにはとてもじゃないがなれない。
できる事なら、この場にも連れて来たくはなかった。

しかし、彼女のいない場で話を聞く訳にもいかないし、彼女もそれを望んだのだ。


「彼の口から聞いた方が、良いのではないですか?」
「彼ですって……?」
「もちろん、彼女の父親です」
「何言ってるの? 彼女の父親は……」


亡くなった、と聞いている。
だが、ユリカは息を呑んだ。

『亡くなった』時期は、ヒナギクが生まれる前だ。

「そう言う事?」
「ええ」
「ち、父は生きてるんですか?」

ヒナギクも思わず立ち上がる。
しかしその拍子にシーツが落ちて、慌てて被り直していた。そしてそのまま座り直してうなだれる。
見ているだけで、痛々しかった。

フィリエルは無言で様子を見ていたが、やがて視線をユリカの方に直し、静かに、しかしはっきりと告げた。



「生きています。口も……まあ、今はまだきけるはずしょう」
 



まだ、というところに引っかかりを憶えるが、それ以上にユリカは憤りを憶えていた。

ヒナギクの両親が何を思って黙っていたのか。恐らく深い訳があったのだろう。
しかし……彼女が十一年と言う月日の中で何を思ったか……それを考えると、どうしても釈然としなかった。


子供が本当に可愛いのなら、そんなことは絶対にしない筈だ。
ユリカはそう思う。思いたかったのかもしれない。
少なからずヒナギクと自分の幼少時代を重ねてしまっているからだろう。

言葉にできない激情を察してか、レグがユリカの肩に手を置く。
その手の重みが、少しだけユリカの心に落ち着きを取り戻させてくれた。


「会えるの?」
「無理だとしても、会わせましょう……あなたが無茶を通すよりはマシです。彼女次第ですけれどね」
「……」


ヒナギクは無言で俯いている。
だが、膝の上で強く握りしめた小さな拳が答えだった。


「行きます。何も分からないままでいるなんて、嫌です!」


シーツの下からフィリエルを見つめる瞳は、強い光を放っている。
迷いが無い、良い目だと思った。

「ヒナちゃん」

扉の傍から見守っていたシェリカが、静かにヒナギクに近寄る。

ヒナギクはシーツが落ちないように押さえながら、何事かと彼女を見つめた。



ぎゅっ



シェリカはそれに構わず、シーツごと彼女を優しく抱きしめる。

ヒナギクは石のように固まったが、抵抗もせず受け入れていた。
そしておずおずと、シェリカの背中に手を伸ばす。


「大丈夫。三人が一緒にいるから……大丈夫だから」
「はい……」


しばらくそうしていたが、やがてヒナギクの方から離れる。
直前に小さなつぶやきが聞こえたが、ユリカはぼおっとしていたので気がつかなかった。

しかし、直後にシェリカがくすっと笑ったので、だいたいの予想はついた。ヒナギクの顔も赤かったし。


「あ……あの」
「ふふ、元気の出るおまじないのつもりだったんだけど……効果絶大、かな?」


悪戯っぽく微笑むシェリカにヒナギクが狼狽しているのが何だか楽しい。
よくよく考えると、自分はヒナギクに狼狽させられっぱなしだったような気がする……主にレグの事で。


「じゃあ、ここでお別れか……」
「あら、行かないの?」

ゲインの呟きに、シェリカが首を傾げた。

「行ったら良いのに……ユリカが心配じゃないの?」
「俺は行かないぞ。第一、お前一人を留守番させておけないだろう」
「私の心配なら良いのよ? 親切なご近所さんがいるから。それに、夫の留守くらい守れなきゃ、妻失格だわ」


「……行かないと言っているっ!!」


荒らげられた声に、居間がしんと静まり返った。
シェリカでさえも一瞬体を竦ませたほどだ。当たり前かもしれない。
ゲインもはっとなったが、不機嫌な様子を崩さず、そのまま扉から出て行った。



「すまん」



そう、小さく呟いて……。




.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ