現し世の夢

□第七話 疼く傷痕
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――聖王国首都、ゼラム。


ユリカは以前一度だけこの街に来た事がある。
と言っても、レグの用事でだ。

そしてその際の宿として、シュタイン邸に泊まった事もある。
まあ、彼の両親は任務により遠出していて、実際に会う機会は無かったのだけど。


門をくぐり、少し歩いたところで屋敷の大きな扉に辿り着く。
戸を叩けば、即座に執事らしき人物が出てきて、レグを認めるや否や深々と頭を下げる。


「おかえりなさいませ、レグニス様」
「うん。あの、父さん達は?」
「在宅でございます。ご挨拶なさってはどうです?」
「もちろん。彼女を屋敷に招いても大丈夫だよね?」
「はい、わかっております。では、こちらへ」


執事はそう言って、近くにいる使用人に荷物を運ぶように命じ、ユリカ達を屋敷の中へ促した。
ちなみにフィリエルは鳥の姿に変化しているので、特に頭数には含まれていない。

お城、とまではいかないが、ユリカにとっては充分立派な家だ。
かと言って、成金趣味特有のギラギラした感じはせず、どこか落ちつきのある上品さが感じられる調度だ。

ここでレグは育ったんだ、と何となく実感できる。







通されたのは居間で、そこにはすでに先客がいた。
恐らくはこの屋敷の主で、レグの義父だろう。

彼はこちらを見ると、柔和な笑みを浮かべた。
年の割にすらっとしていて、体の線は細いのにどこか大樹のような大きさを感じる。

血の繋がりが無いのでレグとは全く似ていないが、彼の醸し出す雰囲気はまさにレグのそれだった。


「初めまして。君がユリカ君だね?」


問われて、すぐに返答できずしどろもどろになる。
しかしレグの苦笑する顔が一瞬見え、落ち着きを取り戻した。

何となく、後でぶってやろうと思った。理由は特にない。
敢えて理由付けするなら、恥ずかしかったからだ。

何とか笑顔を繕い、ユリカは形式的な挨拶を述べる。


「はい。私がユリカです。息子さんにはとてもお世話になっています」
「ああ、不肖の息子だが、仲良くしてやってくれ。頼りなく見えるかもしれないけれどね」
「……父さん?」

珍しく、レグが不機嫌な声を上げる。
心なしか、視線もいつもより剣呑だ。

「おっと、機嫌を損ねたみたいだ。あ、申し遅れたね。私はアルベルト・シュタイン。察しの通り、レグニスの義父だよ。改めてよろしく」


握手を求められ、応じる。
温かい手だ。包まれると安心する手だと思う。

この親にしてあの子ありとは良く言ったものだけど、本当に顔以外はレグにそっくりだ。
正直、驚きを隠せない。
寧ろ、彼が育てたから今のレグがある、の方が正しいのだろうか。




「とりあえず、この家でゆっくり長旅の疲れを取るといいだろう。部屋の準備はできているかい?」
「はい。もう、終わっている頃かと」
「なら、案内してあげてくれ。それと、レグニス?」


アルベルトはレグの耳に何かを囁く。
一瞬レグの肩がビクリと跳ね、そして力なく腕が垂れ下がる。


「では、後で書斎に」
「……はい。わかりました」


その瞬間のレグの顔は、とても苦しそうに見えた。
ユリカの視線に気づくとすぐに無表情になったが、もう遅い。目に焼き付いてしまった。

――この場で問うような事はしないけど、後で聞かせなさいよ。

そう目線で言って、ユリカは執事の後を追う。




不吉な予感が胸の中で渦巻くのを、どうしても止められなかった。








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