現し世の夢

□第八話 流れ行くままに
1ページ/12ページ



二日ののち、召喚師と騎士隊で編成された調査団とともに、ユリカとレグは聖王都を発った。

本来、ユリカのような部外者が派閥の重要な任務に同行する事は許されないのだが、そこはレグがうまくごまかす事に成功した。

ユリカをレグの護衛獣という事にしたのだ。

護衛獣とは、召喚師に仕える者として呼ばれる召喚獣のことであるから、『名も無き世界』の住人であるユリカでもあてはまる。

そして、基本的には召喚師の傍に控える彼らならば、任務に同行したとしても身内として扱われるため問題は発生しない。

とりあえずこの任務の間だけ、レグはユリカの『ご主人様』になるわけだ。


「だからって、別に僕の事をご主人様とか言わなくて良いからね? むしろいつも通りにしてほしいな。心臓止まりそうだよ」
「そ、そう? ならもう『ご主人様』は止めとくわ」


椅子から盛大に滑り落ちて腰を打ったたレグに、ユリカは困惑した顔をしながら手を差し伸べる。

一方のレグはというと、動揺のあまり真っ赤な顔をしながら明らかに挙動不審な視線の動かし方をしていた。
少なからず意識している女性に突然『ご主人様』と呼ばれたならば、男性としては正常な反応であろう。
その上言った本人にはその自覚がないのだから、たちが悪いにもほどがある。

レグは礼を言った後に椅子に座り直し、雑念を振り払うべく激しく頭を振った。
今は余計な事を考えて現実逃避している場合ではないのだ。

今回の任務はあくまで調査だ。レグの恐れている事が現実になるとは限らないのだから、それほど構える必要はない……筈だ。

しかしあの書類を見た時からずっと、レグの周りに嫌なものが纏わりつくような、そんな不吉な感覚がしている。
レグ自身の事は良い。しかし、できる事ならユリカにこの件には関わって欲しくはない。
巻き込んで危険な目に会わせたくないのもあるが、しかしそれ以上に……。



「レグ! 出発だって――!」



思索にふけっていた間に結構な時間が経過したらしく、遠くから声がした。
ユリカが伝言を伝えに来たのだろう。

レグは椅子から立ち上がり、扉をくぐる前に一旦部屋を見渡す。
そこは街道の中途にある休憩所の一室で、仮の宿だ。この辺りの治安は町ほどは良くないが、騎士を含む集団で行動しているため、安心して休むことができた。

だが、もしもこの不安が形となってしまったら、どこにいてもレグは恐怖に晒される事になるのかもしれない。
それほどまでに、圧倒的な恐怖を植え付けられた出来事だったのだ。


レグは身震いをし、扉を急いで閉めて休憩所の外に出る。
調査隊と合流し、みんなにはできるだけいつもどおりに見えるように振る舞ったが、ユリカに対してだけは通用しなかったようだ。

彼女は何も指摘しないでいてくれたけれど、表情に陰りを浮かべてしまっていたから。


そして無言で、本当に嫌なら進まなくても良い、と告げてくる。


しかし、レグもまた無言で首を振った。



――ここで逃げる事だけは、許されないから。








.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ