現し世の夢
□第九話 遠き日の追憶
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――ハール上空。
フィリエルは自分の迂闊さに唇を噛んでいた。
ミレットの動向にばかり目を向けていて、守るべき主の守護が疎かになってしまうとは。
これでは護衛獣と胸を張ることなどできそうもない。
異変に気付いたのは、ユリカの気配が突然曖昧になってからだった。
胸騒ぎに、早速確かめに飛んでみればこの有様だ。
一見この地は他の人里と変わらないように見える。
だが、天使であるフィリエルにはこの地で起きている異常を敏感に察知していた。
正体まではわからないが、しかしそれが何なのかは匂いで判別できる。
――それは人心を堕落や狂乱に導きながら、虜にしたものを骨の髄まで貪り尽くす存在。
強く気高き魂を深く愛する天使にとって、最も嫌悪される存在の一つだ。
まさか、このリィンバウムに未だ野放しで存在しているなど、信じられない事実であった。
挙げ句、ここで立ち往生を強いられるとは、拷問にも等しい。
かといって、フィリエルのような高位の力を持つ天使であっても、準備もなしに奴の領域に立ち入るのは無謀が過ぎるのも事実だ。
流石にその色香で惑わされることは無いだろうが、虜となった者達は彼女の兵隊となって立ちふさがることとなる。
そんな連中を一度に相手にするのは骨が折れるし、あの領域の中ではフィリエルが力を発揮するのは困難の極みだった。
――せめて、二人の無事だけでも確かめられれば……。
そう思って気配を探っても、彼らが生存していること以上の情報を得ることもできない。
結果、苛立ちが募るのみとなってしまっている。
悔しいが、今最も必要なのは援軍だ。
それも、ただ強いだけではなく、アレに対抗できる特別な才を持つものが。
心当たりがない訳ではない。今でもこのリィンバウムに留まる者がいることはわかっているのだ。
だが、協力を得ることができるかどうか……。
フィリエルは首を振った。
今はとにかく行動を起こさねばならない。こうして悩む時間も惜しいぐらいだ。
フィリエルはキッと顔を上げ、光の翼を羽ばたかせて空をかける。
ただその胸の内を占めたのは、主である少女の無事を願う、切迫した一途な祈りであった。
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