現し世の夢

□第七話 疼く傷痕
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義父の書斎に入るのは久しぶりだ。
旅をしていたために長く留守にしていたこともあるが、ここは父の聖域のようなもので、許可なしには中々入れないのだ。


「長旅で疲れているのに、本当にすまない。だが、緊急の要件なんだ」
「分かってます……」


答える声は自然と低くなっていた。


「では、早速だが要件を言おう。先程も言ったが、『ベルベット・フラム』は憶えているな?」
「はい……」


忘れられる訳が無い。

その名は、レグにとっては最悪の悪夢と同義であり、最も彼の感情を荒く波立たせる名だった。

しかし、それは既にに終わった筈の事で、今になって出てくる理由が理解できない。


「彼女の当時の根城の一つで、何やら不穏な動きがあるらしい。派閥から、先程連絡を受けたんだ」
「派閥から?」


それは可笑しい。

犯罪関係の操作は聖王国の騎士団の仕事だ。
余程の事でない限り、派閥が関与するべき事ではない。
召喚術が絡んだ事件なら話は別だが。

と考えたところで、背筋に冷たいものが走った。


「まさか!」
「そう、あの時と類似する点が見つかったんだ」
「そんな……あの女は居ない筈なのに!」
「分からない。彼女の後を継いだ者の仕業かもしれないが……それとも」


義父はそこで言い淀む。

何が言いたいかは理解した。
人間全てが善人ではない。彼女と同じ事を考える者など、何人いても不思議ではないのだ。

そして、その欲望の被害に会う者も、また同様に……。



「派閥は、どうする予定なんですか?」
「……本当に、あの時と同じ事が起こっているという確たる証拠が取れれば、国と協力して討伐隊を派遣することになるだろう」
「……」


レグは俯く。

何故、義父は自分にこの事を話したのか、答えの予想はついている。
できればその先を聞きたくなどないが、きっとレグの意思とは無関係だ。

組織とはそういうものである事を、若いながらもレグは既に理解していた。



「君にも、参考人として協力してもらう事になると思う。当時の関係者で、行方が分かっているのは君だけだから」



レグはしばらくの間、一言も言葉を発する事が出来なかった。

分かっていても、気持ちがついていく訳ではない。

頭の中で否定の嵐が激しく吹き荒れるが、それでも受け入れる準備をしていた分、鎮静化させるのに時間はかからなかった。

しかし、次の一言を発するのには、もっと時間がかかった。
言おうとすればするほど、言葉は引っ込んっでいく。

だが、それでもレグは言ったのだ。




「わかりました」




たった一言だけ。

けれど、決定的な一言を。







書斎を出る直前。
机に座って黙り続けていた父の呟きが耳に入った。


――すまない。


扉を閉める直前に見えた義父の顔は、今まででレグが見た中で一番老けて見えた。






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