まほろ駅前

□本日も快晴なり
1ページ/1ページ


ああ、今日もいい天気だ。

真っ青な空に暖かな日差し、開けた窓から流れ込んでくる風が心地よい。
既に午前中に二件の仕事を片付けた二人は穏やかな午後を過ごしていた。

行天はいつものソファーで横になってプカプカと煙草をふかしていて、多田は向かいのソファーで朝読めなかった新聞を読んでいる。

あぁ、平和だ。


多田は少し前の薬やら行天失踪事件やらは夢だったのではないかと思いつつ新聞をめくった。
新聞の内容はほとんど頭に入ってない。
このまま昼寝でもしようか、散歩がてらチワワにでも会いに行こうかと考えていると、ふと、自分に向けられる視線に気付いた。
それが誰から向けられるものかなどと考える迄もない。行天だ。
見れば至極真面目な顔をしてこちらを見つめていた。最初は新聞でも見てんのかと思い、新聞を渡そうとしたのだが違うと断られた。
だが、しばらくしても視線が外されることはなかった。一体何だ。
気になってこちらから目線を合わすと行天が口を動かした。







「俺、あんたが好きみたい」








「…………は?」

しばらくの間、行天の言葉の意味がよく分からなかった。
俺、は行天。あんた、が俺。
………好き?
…待て、待て待て待て。

有り得ない。きっと何かの聞き間違いだ。俺の耳がおかしいんだ。ああ、よかった。明日病院に行こう。

「多田はどう思ってる?」



聞き間違いじゃなかった。
むしろ聞き間違いであって欲しかった。
ついに行天の頭は逝ってしまったのだろうか。同性のしかもこんな中年(同い年だが)相手に。
つーか、いきなり何だ。
行天のことを自分がどう思ってるなんて考えたことなんて無いぞ。知るか、などと口を開けたまま多田が盛大にパニックに陥っていると痺れを切らしたらしい行天がまた口を開いた。

「多田は俺のこと好き?嫌い?」

「…え、あっ!?」

その言葉にはっ、と現実世界に引き戻された多田は目の前にいる行天の真面目な顔を見てしまい何だか体が強ばった。
好きだと言われたからだろうか。顔も妙に熱く変な汗が出る。
別に人に好きだと言われるのがはじめてな訳じゃない。これでも一度は結婚した身だ。
だが、誰が予測しようか。同性相手に、しかも行天に言われるなんて。

「ほ、本気で言ってるのか…?」

「うん。本気。ねぇ、どっち?」

「そっ、それは…」


この質問はずるいと思う。
こうして一緒に暮らしている訳だし少なくとも嫌いではないはずだ。
すると、残された選択肢はひとつ。
だが、嫌いじゃなくても好きだとは限らないはずだ。きっとそうだ。

盛大に顔を赤くした多田はもごもごと下を向いて何かを言っている。
そんな多田を見て行天は笑いだした。
多田がびっくりしたように顔を上げて、なっ何だ…と言う。

「だってあんた分かりやすすぎ」

「だから…何が」


行天はローテーブルにずい、と乗り出し多田との距離を縮める。
多田は更に顔を赤くし、反射的に身を守るように腕を上げた。
またしても行天は吹き出した。

「普通、男にこんなこと言われたら嫌な顔するんじゃないの?あんた真っ赤だよ。なぁ、答えは出た?」

びくり、と多田の体が震えた。
そうだ。何で顔がこんなに熱いんだ。何故、赤くする必要があるんだ。
相手は行天だ、…ぞ?
だが、不思議なことに嫌悪感はないのだ。

…まずい。これはまずい。


「…嫌い…じゃ、ないけど…好きとは…………あ"ー………もう!!知らん!黙れバカ!!」

多田は考えることが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
何で行天なんかに悩まされないかんのだ!!!
多田はすべてを投げ出して立ち上がろうとしたのだが見た目以上に力の強い行天にあっさりと引き戻されてしまった。
行天はローテーブルの上に膝をつき、多田の顔の両サイドのソファーに手をついた。

「それってさぁ…」


にやりと行天が小さく微笑んで、その瞬間おもしろいほどに心臓が跳ねた。


行天の顔が段々と接近してきてキスをされた。それは触れるだけのものだった。多田が目を見開いたまま身動き出来ずにいると行天の閉じられていた目蓋が開き目が合ってしまった。
多田はしまったと言わんばかりに急いで目を閉じた。
行天はソファーについていた両手を多田の頬へ移動させると今までとは違うキスをしだした。
幾度か角度を変えて行われた後、ちゅく、と名残惜しそう音を立てて離れた。

「好きって言ってるようなもんじゃないの?」

「…っ…違う…」


多田は手の甲で赤くなった顔を必死に隠しながら抗議する。しかし行天からはしっかりと多田の真っ赤な顔が見えている訳で、説得力は微塵も無い。

「キス、嫌じゃなかったんでしょ、多田」

「…………嫌、じゃ…なかった…」

行天にキスをされても全く嫌悪感を抱かない自分に酷く驚いた。代わりに顔がゆでダコのように赤くなり、心臓が早鐘のように鳴り続いている。

あぁ、勘弁してくれ…



「多田好き!!!」

「調子乗んな!!!」


がばっと抱きついてきた行天の頭を一発叩いてみたが効果は全くないようで、もう一回とキスをしようとしている。


あぁ、もう自分は駄目かもしれない。







END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ