(24山獄サラリーマン)



その日も、運が悪い点を除けばいつもと何も変わらなかったのだ。




「なんだ、そういうことなのな」
「おはようございます、山本さん。随分大きな独り言ですけど…どうされたんです?」
「あ、ランボ。おはよう。ちょっと聞いてくんね?」

いつも通り始業の15分前に現れた後輩を見遣り、山本は早く席につくようにと手招きで促した。
いじくっていた電話のコードから指を外し後頭部に両手を絡め、背を反らす。

「今日さ、車のキーが見つかんなくて」
「ええ」
「仕方ないから電車乗ったら痴漢に間違われて」
「それは…災難でしたね」
「しかも会社着いたら携帯ないんだぜ! まあ拾ってくれた人がいたから助かったけど、ありえねえよなあ」
「うう、ん。何かに憑かれてるんじゃないですか?」

同情を滲ませながら首を傾げた後輩に、山本は「いや、実はさ」とパソコンの画面を指差してみせた。

彼、ランボは山本と同じ営業課に配属された新人だ。山本が教育係を任命しているためデスクも隣同士になっている。
外資系の職を探し知り合いのつてもあってイタリアから日本のこの会社に来たという彼は、つまらない話もよく聞いてくれる出来た後輩だった。

「今日、牡牛座、最下位なんだよ」

インターネットで検索した占いの結果を示す。と、ランボは呆れたように溜息をついた。

「……まさかそれで納得してたんですか? 女性じゃないんですから」
「あ、それ偏見だぜ」

話を聞いてくれたお礼にデスクに忍ばせていたキャンディーを一つ手渡しながら、山本は目を細める。ランボは「すみません」と一言謝ってキャンディーの包み紙を剥いだ。

「また牛乳味…お好きですね」

ランボが白い小さな塊を口に運びながら微かに眉を寄せる。それを見て、山本は肩を竦めた。

「うまいだろ?」
「オレは葡萄味の方が好きなので」

肯定も否定もしないのか。確かになぜか妙に万人受けはしない代物だが、普段は先輩である山本を立ててくれるくせに。思わずむっとしてしまうと、ランボは笑って立ち上がった。

「そろそろ課長がきますよ。そんなサイト開いてるのがばれたら怒られます」
「…だな」

それは面倒だと呟いてインターネットの画面を閉じる。そのままパソコンの電源も落としていると、「あれ。そういえば先輩、今日って直行で取引先の方と打ち合わせがあったのでは?」部屋の中央から声が掛かった。
営業課はその職種柄、それぞれの勤務状況を知らせるホワイトボードがある。『終日社内』と書き込んでいたランボがその上を見て首を傾げる。
山本の名前の横には昨日『直行、PM出社』と書いていた。

「ん、課長来る前に行くよ。携帯落としちまって先方に連絡しようが無いから、一旦パソコンでメールいれとこうと思ってこっち来たのな」
「なるほど」

これまでのやり取りの際教えられている連絡先のコピーを持ってさえいれば、こんな無駄足をくうこともなかったのだが。そこは仕方ない、占いにも出ている通りだ。

事情と共にもしかしたら遅れるかもしれないとメールしたところ、既に先方からは「構いません、お待ちしています」と返信が返ってきている。メールは携帯に送ったのだがパソコンで返ってきたところをみるに、相手はノートパソコンを持参していると思われる。羨ましい。

「ケチだよなーうちの会社」

営業にノートパソコンは必須だろと脈略も無く愚痴れば、ランボは「そうですね」と律儀に頷いてくれた。



**





その日は、本当にいつもと何も変わらなかった、気がする。




午後の予定を変えた方がいいかもしれない。獄寺隼人は携帯に入った新着メールを眺めながら、右手で鞄を探った。
革表紙のスケジュール帳を手に取り今日のページを開けば、そこにはびっしりと予定が詰まっている。分刻みというのは流石に大袈裟だが、30分単位で予定が組んであるのは事実だ。

「30分見込んだとしても結局ずるずる遅くなるじゃねえか…」

朝一番に予定していた打ち合わせが、相手のアクシデントで遅れそうなのだ。このままでは次の相手、その次の相手、何人もに迷惑がかかる。

「……雲雀に電話してみるか」

獄寺は溜息をついて、仕方なく携帯の電話帳から一人の男の名前を検索した。雲雀は、年齢的にも職歴からしても先輩であることには違いないのだが、全く慕う気にさせないその傲慢な態度に獄寺の方も慕うようなそぶりを見せたことはなかった。
呼び捨てにするなんて失礼にも程があるとは過去何十回も聞かされた苦言だが、それはおまえにも責任がある、と獄寺はいつも思っている。

「あ、もしもし?」

それでも、仕事上、頼りになるのは彼だけだ。
もともと獄寺の勤務する会社はまだまだ企業規模も小さく社員も少ないため、営業に携わっているのは獄寺、雲雀も含め3人しかいなかった。

『…なんだい、こんな朝早くから』

電話の向こうから、機嫌の悪そうな声が響く。獄寺は聞こえないよう通話口を押さえ舌を打った。

「早くねえよ、もう出社時間だろ?」
『今日はフレックスを使うって昨日言わなかった? 本当に質が悪いね』
「〜っ」

舌打ちが聞こえたのかもしれない。正論に被せられた辛辣な台詞に、獄寺は思わず続ける言葉を見失った。
フレックス?聞いてないし、わざわざ言ったりもしないくせに、相変わらず嫌な奴。

『で、何の用だい』
「ああ……実は頼みたいことがあんだけど」
『頼みたい? 君が?』
「んな驚くことじゃねえだろ」

一々腹の立つ奴だな、とは内心で叫ぶことにする。

「今朝予定してた打ち合わせの開始が遅くなりそうなんだよ。で、そのあとも予定詰まってて…いくつか引き受けてくれねぇ?」
『いいけど。見返りは?』
「…後輩から金とんのかよ」

即答され一喜一憂しながら皮肉を零すも『先輩だとも思ってないくせによく言う』とさらに強烈な皮肉で返される。獄寺としてはその通りなだけに黙るしかない。

『大体、その口の利き方も…』
「わかった、飯奢る。それでいいだろ?」

これ以上言いたいことを言わせるわけにいかないと慌てて承諾すると、電話の向こうで『ケチくさい…』と不満そうなつぶやきが聞こえた。
いや、無視しよう、無視。

「とりあえず先方にはこっちから連絡する。時間と場所と相手先をメールすればあとは大丈夫だよな?」
『内容は頭に入ってるからね』
「助かる。じゃあ、」
『そんなに重要な打ち合わせなの?』
「は?」
『こっちが時間を合わせるほど』
「あーそれ、な」

雲雀の疑問は尤もだ。本来なら遅刻するかもしれないという相手のためにこちらが後のスケジュールを変えるというのもおかしい。が、それはこちらが大企業だったら、の話でもある。

「そんなでかい契約でも無いけど…社長が出来る限りそこと繋がり持ちたいらしいからな」
『…ふぅん』

社長と言った途端興味を無くしたらしい雲雀に、つい呆れて笑ってしまう。が、せっかく仕事を引き受けてくれたのだ、機嫌を損ねてもいけない。獄寺はなるべく明るい声で言った。「ま、とにかくよろしく、先輩」
『…そういうところが気にくわない』



**



今日の相手との取引は、実は社長にはあまり評判が芳しくない。これまでの話を聞く限りこちらの利益になりそうなことばかりなのだが、どうやら向こうの社長と知り合いらしく、しかもあまり気に入っていないのだそうだ。
とはいえビジネスだから仕方ない、とは言っていたが。

なんでかなーなどと呟きながら、約束の店へ急ぐ。と、ようやく見えてきた店のガラス越しに、目印にしてくれと指示された銀の髪が見えた。
仕事の話をする合間合間に雑談を交わしたことがあるが、どうやら彼もランボと同様、イタリアから来たのだと言う。
会うのは今日が初めてだ。どんな人だろう。山本は持っていた鞄を抱え直し店内へと急いだ。

「コーヒー1つ、」

近くにいた店員に立ち止まりもせず告げ、席へ向かう。
予定の時間よりも10分程遅くなってしまったが、彼は山本の姿を見つけるとすぐさま立ち上がり軽く頭を下げた。その綺麗な銀の髪がさらりと揺れる。
先に詫びを入れるべき山本としては、少し慌ててしまった。

「すいません、遅くなり…ま、した…」
「? あの?」

先に上がった顔を直視して、その瞬間、動揺のあまり言葉が詰まる。訝し気に眉を寄せる彼に、山本は息を飲んだ。

銀の髪はきらきらと輝いているし、翡翠色の瞳はまるで宝石のようだ。

「ごく、でらさん」
「…?」

ああまずい、こんなの確実に変人だと思われてる、思われてるに違いない!
でもどうしよう、まさかこんな出会いって、こんな気持ちって有り得るんだろうか。だって彼が男だとそれを知っているのに。それとも人を好きになるのにそんな定義はいらない?


こういうのを心臓に矢がささるってあえてベタなたとえで表現してみる


「あの、獄寺さん…!」

運命の出会いがあるかもしれないなんて、占いでは書いてなかったけど。

「コーヒーお持ちしましたー」
「うわっ、はい!」
「………変な奴」

ふっと笑った獄寺の表情が素の彼なんだと気付いて堪らなくなる。「オレ、一目惚れしたのな」「…………は?」

一拍置いて、獄寺の顔がみるみる歪む。あ、これ知ってる。知り合いのおじさんがよくこうなる、怒鳴られるのだ間違いない。山本は何故かひどく悲しくなりながら彼に向き合った。
獄寺の口が開く。

「意味わかんねー…」

ふいと顔が背けられた拍子にさらと髪が揺れ、真っ赤になった耳が見えた。
あ、れ。脈ありなのかもしれないと思ってしまった、違う?







fin.

【2009.3.2】

営業:山本、ランボ他多数
社長:綱吉

営業:獄寺、雲雀、了平
社長:骸

な感じでした。笑
最初はもすこし山獄の絡みがあったのですが、途中で「だめだー」とごみ箱に行きかけ……ランボと雲雀のくだりが勿体なくて活用することに致しました^^
やはり笹川さんを頼ることは無いようです。笑

ありがとうございました^^
 

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