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□ハンバーグ
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現在、オレは非常に緊迫した状況にいる。
無言の圧力をひしひしと感じながら、この部屋の主をそっと見てみた。
この空間の張り詰めた空気を支配している人物は、相変わらず無言。
一体何事かというと、そう……
ヒバリさんの機嫌がめちゃくちゃ悪いのだ…――!!
事の次第は今から1時間ほど前になる。
退屈な授業が終わり、いつものオレなら真っ先に教室を飛び出してこの応接室に来ていた。
でも、今日に限ってはそうもいかなかった。
ごく普通の学生生活を送っていれば『日直』という当番が定期的にやってくるのが当然だろう。
そして日直が放課後、日誌を書いて担任に提出しなければならないのも一般的に知られている仕事だと思う。
ただ、それがこの人の秩序には関係なかったというだけ。
「あのー…ヒバリさん?」
「……」
無言。
「遅くなっちゃってごめんなさい」
「……」
また無言。
はぁ……一体どうしたらいいんだ。
ソファーに寝転んで狸寝入りをしているヒバリさんは、オレがこの部屋に来てから1度も口を利いてくれていない。
時々こちらをちらりと見ては、またすぐに目を閉じてしまう。
あちゃー…完全に拗ねちゃってるよ……
昨日のうちにちゃんと、日直だから遅くなるって言っておけばよかった。
今回は、何も言わずに待ちぼうけにしてしまったオレが悪かったんだよな。
でも、謝ってるんだからいい加減何か言ってくれたっていいのに。
文句を言ってくれたほうが、いくらか気が楽だよ。
とにかく!
今はヒバリさんの機嫌を直す方法を考えなきゃ!
何かヒバリさんの興味のあるもの……
何かヒバリさんの好きなもの……
「そうだ!そういえば、今日の夕飯はハンバーグだって母さんが言ってたなー……」
「……」
相変わらずの無言。でも今回はちょっと違う。
ヒバリさんの肩がぴくりと動いたのをオレは見逃さなかった。
よし!手ごたえあり!!
「よかったらヒバリさんも一緒にどうですか?」
「…………」
少しの沈黙のあと、ヒバリさんは突然起き上がったかと思うと、そのまま応接室のドアに向かって歩き出した。
「え?ちょ!!どこ行くんですかヒバリさん!?」
「どこって、君の家に行くんだろ?」
そう言ってドアを開けるヒバリさん。
ヒバリさんて、慣れると案外扱いやすい人なのかも……
「綱吉、早くしなよ」
「あっ!待ってヒバリさん!」
慌ててヒバリさんを追いかけながら、やっと口を利いてくれたことに心底安堵した。
気に入らないと『咬み殺す』なヒバリさんが、あんなに静かに怒ってるなんてどうしたのかと思ったよ。
それにしても、ヒバリさんでも食べ物に釣られたりするなんて可愛いな、なんて思ってしまう。これが、恋は盲目ってやつなのかな?
――ヒバリさんの好きな食べ物は“和食”と“ハンバーグ”――
好きな人の好きなものは何でも知りたい。
好きな人のこと何でも知りたい。
もっともっと、ヒバリさんのこと知りたいな。
-END-
その夜。
「ひっ…ヒバリさん!ちょっとまっ…!!」
「ダメ。逃がさないよ、綱吉」
オレたちはベッドの上。
オレの後ろには壁。
もう逃げようがないんですけど!?
「ダメですよ!下には母さんたちがいるし!」
「大丈夫だよ。僕は気にしないから」
「気にしてください!!ってかオレが気にしますから!!」
「僕がハンバーグに釣られたなんて本気で思ってたの?」
そう言いながらオレの手を掴むヒバリさん。
あっという間にベッドに押し倒されて、オレは完全にヒバリさんに組み敷かれてしまった。
目的はこっちかぁぁぁ――――……!!??
今さら気付いても、もう遅い。
結局はヒバリさんの方が一枚上手だったってこと。
「可愛いね、綱吉……」
ハンバーグで釣ったつもりが、釣り上げられたのはどうやらオレだったようで……
ハンバーグだけでなく、オレも美味しく頂かれてしまったのでした。
おしまい。