Novels


こがねいろ
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「っしゅん」


綱吉は可愛らしい、控えめなくしゃみをひとつ。
最近は朝晩が少し肌寒いとさえ感じるようになって、汗をかくようなこともなくなってきた。
季節の変わり目は体調を崩しやすいもの。
風邪かな、なんて思いながら綱吉は鼻をすすった。
そんな綱吉を気にするでもなく、黙々と読書に勤しむ男が一人。

椅子に深く座り、白く長い指が静かに本のページを繰る。
その上品な姿に、綱吉は思わす動く指先を目で追っていた。
大きく開けられた窓から流れ込む風が、俯き加減の雲雀の黒く艶めく髪を柔らかく揺らす。
学ランを肩にかけ、長い足を持て余すように組む姿は凛としてかっこよくて、吸い込まれるみたいに目が放せなくなる。
それでも、どんなに見つめたところで、読書に集中している雲雀は気付くはずもない。
雲雀は基本的に一人の時間を好む。
それは群れることを嫌う彼らしく、当然のことだろう。
分かってはいても、それでも、やっぱり寂しいし構ってほしな、なんて思ってしまう。
だって、それは『好き』なんだからしょうがない、よね?
ぼんやりそんなことを考えながら、綱吉は自分の思考に照れて顔を伏せた。

は、恥ずかしい――……!!

誰が見てるわけでもないのに、誤魔化すように何か別のことをしなくちゃ、とそわそわ。
そしてふと、傍らに置いた鞄からはみ出る存在に気付いた。
そういえばこれ、獄寺くんにもらったんだっけ、と教室でのことを思い出す。
笑顔全開でやってきて、嬉しそうに。

『十代目に秋の味覚を食べて頂こうと買ってきました!!』

『あ、ありがとう……獄寺くん……』

あははは、とそのテンションの高さに少し困ったような笑顔で応える。
以前はお土産だと言って通販した八橋を持って来てくれたな、なんて考えながら。
貰ったはいいけど、どうしようかととりあえず鞄に入れてあったのを忘れていたのだ。
せっかくだし、小腹も空いたし、食べようかな。
嬉しいけど、そんなに気を使わないでほしいと思いながら、綱吉はその袋を開けてみる。
中からはコロコロと、落ち葉色の粒が転がる。
それは美味しそうな甘栗で、でもこれって秋じゃなくてもあるよね、なんて思わず笑みが零れる。
綱吉は甘栗を袋からコロコロとテーブルの上に転がし、その一つを手に取り皮に爪を立てた。
何においても大抵不器用な綱吉だが、食べ物に関しては家でよくランボにせがまれ、否応無しに上手くなった。

「……はぁ……」

それってなんだか所帯染みてるみたいで、中学生男子としてはどうなんだろう、と思わず大きな溜息が漏れる。


パチン――ッ

パキ……パキ……ッ


頭で色々考えていても、手だけはちゃんと動いていて、硬い皮を割る乾いた音が小さく、虫の音のように静かな応接室に響く。
その音色を意識の端で捉え、雲雀は音のする方へゆっくり顔を向けた。
ようやく本から目を離し綱吉を見たというのに、今度は綱吉が甘栗に夢中でその視線に気付かない。
一生懸命に栗の皮を剥いていた。
雲雀はそんな綱吉をまじまじと見つめると、思い立ったように椅子から立ち上がり、綱吉に近づく。

「あれ?ヒバリさん、もぅ読み終わったんです……か――……っ!!」

背後に立たれた気配に気付き顔を上げた綱吉は、雲雀の唐突な行動に言葉を失ってしまった。
ソファに座ったまま雲雀を見上げた綱吉の腕を掴み、その手に噛み付いたのだ。
正確には、その手に持たれた甘栗に。

「〜〜〜〜〜っ!!!!」

綱吉は、声にならない声で悲鳴をあげ、口を金魚のようにパクパクさせている。
しかし雲雀は気にすることもなく、綱吉の手から甘栗を奪うと、その指先に舌を這わせ、吸い付く。

「わぁ!ちょ……ヒバリさっ……!」

いきなり何するんですか、とその突拍子もない行動を非難すると、

「だって、美味しそうだったから」

少しも悪びれた様子もなく、けろっとした顔でそう言うと、もうないのかとさらなる要求。
これじゃぁランボと一緒だな、と半ば呆れながらも、仕方無しに綱吉はせっせと皮を剥いていく。
せっかくこっちを向いてくれたのに、目的が食べものなことに心底がっかりしていると、後ろに立って綱吉を見下ろしていた雲雀が静かに隣に腰を下ろした。
どうやら剥けるのを待っているようで。

「もぅ……子供じゃないんだから自分で剥いたらいいじゃないですか……」

そう言って剥き終わった栗を雲雀に渡そうとすると、雲雀は突然背を向け、よいしょと綱吉の膝に寝転んできた。

「えっ?!ヒバリさん!何やってるんですか――!」

「何って、膝枕でしょ」

「そうじゃなくて……!」

「ほら、早くしなよ」

雲雀は綱吉の膝に寝転んだまま、あーんと口を開けた。
これはどういうことだろう。食べさせろ、ってことなのかな。
恐る恐る雲雀の口に栗を運ぶと、それをぱくりと食べる。

本当に食べた――……!

驚いていると、雲雀はもぐもぐと口を動かし、その口元を指でトントン、と叩く。
どうやら次を要求しているようだ。

「……はぁ……これじゃ本当に子供みたいですよ?」

「違うよ」

「……?」

「子供じゃなくて“恋人”でしょ?」

さも当然のことのように、口元で微かに笑う。
それが恥ずかしくて吃驚して、でも、すごく嬉しくて。
そっか、当たり前のことなんだ。
雲雀の笑顔に、綱吉は『当たり前の顔して、もっと甘えて良いんだよ』って言われたみたいで。

「えへへ……」

気の抜けたように眉を下げて笑う綱吉の髪を、窓から入る秋の風が涼しげに揺らした。
外には黄金色が綺麗な銀杏の木が、風に揺られ静かに葉を落としている。







-END-

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