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雨音の君
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「雨、やみませんね」

水滴に滲む校庭を窓ガラス越しに眺めながら、綱吉は憂鬱そうに呟いた。


夏の雨は空気に混ざり、しっとりと肌にまとわり着く。

「そうだね」

一方彼は応接室で風紀委員の業務をこなしながら、大して興味もなさそうな反応。
この不快感たっぷりの暑さの中、自分だけは別の空間にいるかのように涼しげだ。
それを羨ましく思いながら、静かに首筋を流れる汗を拭い、シャツを摘みぱたぱたさせながら中に風を送り込む。
暑さに緩められたシャツの襟元や汗の滲む背中をじっくりなぞるような視線に、綱吉は全く気付いていないようだ。

「なんか雨って憂鬱になりません?」

「別に」

雲雀らしい素っ気ない返事に思わず苦笑してしまう。
この人には、暑さも寒さも関係ない。全ては自らのルールの中で生きている。

「でも、そうだね…」

言いながら窓際に立つ綱吉に近づき、仄かに湿った彼の背中に手を這わせる。

「ひゃっ!」

触れられた汗ばんだ背中にシャツが張りつき、綱吉は思わず声をあげ真後ろに立つ人物を仰いだ。
首だけ振り向いて見上げた先で、雲雀と視線がぶつかる。
背中に当てられた手から伝わる熱が身体を巡り、それが顔に集まっていくような感覚に居た堪れなくなり、雲雀から目を逸らした。
その感触が背中から徐々に降りていき、少し骨張った白い手が綱吉の細い腰を撫でるように引き寄せる。
くすぐったくて身じろぐが、それは解放されることなく、綱吉の腰を抱き寄せる雲雀の腕にさらに力が加わる。

「ヒバリさん…?」

「この雨がこのまま、君と僕だけを閉じ込めてくれればいいとは思うけど」

「なっ!」

予想もしなかったクサい台詞に、驚きと恥ずかしさで綱吉は耳まで一気に赤くした。
暑さで雲雀の頭がおかしくなってしまったのかと心配にすらなる。

「そっ、そんなキャラでしたっけ!?」

「さぁ?どうだったかな…」

雲雀はからかう様に口元だけで微かに笑う。

「――っ!」

自信に満ち溢れたような、偉そうでちょっと意地悪そうな笑顔が綱吉の心を締め付け揺さぶる。
心臓がドキドキして、苦しくて耐えられなくなり綱吉は両手で顔を覆ってそのまま下を向いてしまった。

「なんで顔を隠すの?」

後ろから覆いかぶさるように手を掴まれ、グッと顔から剥がされる。
伏せられた瞳で頼りなさ気に睫毛が震え、身体を小さく捩る姿はまるで捕らえられた仔ウサギ。
庇護欲と加虐心を煽るその姿に言いようのない感情が膨れあがる。
抑えきれずに雲雀は掴んだ綱吉の手を引き寄せ、その甲にちゅっと口付けた。

「ほんと…困ったね…」

「え!?お、オレ何かしちゃいましたか!?」

知らないうちに雲雀になにかやらかしたらしい、と慌てた綱吉は雲雀に手を掴まれたまま強引に振り返った。

「うん、とんでもない事をしてくれたよ」

「すみません!オレ――……っ!」

言いかけて、そこで言葉を塞がれてしまった。
唇に触れる感触。
強く握られた手。
息をすることも忘れそうな静寂の中で、雨音だけが二人を包む。

「は……ヒバリ……さん」

唇を離し、絶え絶えに名を呼ぶと、そっと顎を掴まれ頬や瞼に啄ばむ様なキスをされて。

「あの、えっと?」

混乱していると、耳元で微かに囁かれる。

「責任、取ってよね」





“僕を夢中にさせた責任――……”







その声は雨音に溶けるように、じんわり耳に沁み込んだ。






-END-

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