頂き物 / 捧げ物

□トロイメライ
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僕はサトシの膝の上で寝息を立てていて、サトシを囲むように仲間達が周りで眠っている。そんな昼下がり。



トロイメライ



ふと後頭部に感じた痛みに、まどろみの中にいたピカチュウの意識は急速に覚醒する。気持ち良く眠っていた所を起こされて不機嫌にまぶたを開けたら、今度は固くてひらべったいものがぶつかってきた。
頭をさすりながら起き上がると、足元に貝殻が一つ転がっていた。
見覚えがある。ミジュマルのホタチだ。振り返れば、先程までピカチュウが寝息を立てていた場所に寝返りを打つミジュマルがいた。
寝相が悪くてピカチュウにぶつかってきたようだ。その上、大事なホタチを落としている。この間なくして大騒ぎをしていたというのに、無用心な。だらし無くサトシの膝の上に仰向けに寝転がっている持ち主に苦笑する。
ホタチを拾って、ポケットに戻してやる。膝は取られてしまったが、まぁ仕方ない。新たな寝所を見つけようと、サトシの側を見渡した。
右脇ではポカブがいびきをかいていて、左脇ではツタージャが控えめにもたれかかっている。足元にはクルマユが転がっていて、ハトーボーが器用に頭の上に止まっている。
場所がないや、と思うより先に笑みを浮かべていた。長い旅の間、顔ぶれは違えど何度となくこうして仲間達と共にまどろむことがあった。
幾多も見てきた光景でありながら、そのどの光景とも違う。いつだって同じようにまどろみに浸ったことなどない。
それにしても、今回はずいぶんと穏やかな昼寝だ。こんな風に己の心が穏やかだったのもそうそうなかったように思う。
思い出すのは、旅に出て間もない頃のことだった。



「――いてっ!おいゼニガメ、こっちに転がって来るな!」
「フシギダネこそ場所取りすぎだろ!もっとそっちに行け!」
「だー二人共うるさい!眠れないじゃないか!」
「ピジョンさんもうるさいですよ……ってあぁ!一人だけ逃げないでください!」

あっちでは殴り合い、こっちでは喚き合い。カスミやタケシのポケモン達が耳を塞いだり、迷惑そうに起き上がる中、ピカチュウとその主人だけは何故か爆睡を続けていた。

「ちょっとピカチュウ、みんなを止めてよ!」
「うーん……」

バタフリーの呼びかけに、ピカチュウは顔をしかめる。尻尾を引っ張られたことでようやく起き上がり、あくび混じりにもみ合っている二人に近づいた。

「ちょっと二人共ー、せっかくのお昼寝タイムなんだから仲良くし」
「「うるせぇ黙ってろ!」」

ガツンッ!!

寝ぼけて機嫌の悪い二人にWパンチを食らい、仰向けに倒れ込む。あ、コレヤバいなと思ったバタフリーはこっそりと退散する。
――案の定、ピカチュウの中の何かが切れた音が聞こえた。
口元に笑みを、額に青筋を浮かべてバチバチとその電気袋を鳴らす。

「……いい加減にしろー!!」

怒りの十万ボルトが辺り一帯に炸裂した。一匹電撃から逃れたバタフリーは、炭と化したフシギダネとゼニガメ、そして巻き添えを食らって黒焦げになったカスミやタケシとそのポケモン達、親愛なる主人を見て合掌した。
元凶であるピカチュウはというと、さすがにやり過ぎたことに気づいてひたすらごまかしの笑いを浮かべていた。



「……うん、あの頃は青かったしなぁ」

ちょっとだけ思い出したくないことまで思い出して、誰も聞いていないのに弁解する。そもそも今は皆それぞれの道にいるのだ。バタフリーは恋人と共に旅立ち、ピジョットは森で仲間を守り、フシギダネは研究所のまとめ役、リザードンは谷で修行中、ゼニガメはゼニガメ団に戻り――なんだか湿っぽい気持ちになり、かぶりを振った。
それにしても、あの頃よりずいぶん自分も丸くなったものだと思う。だからこそ振り回されて苦労も絶えないのだが。そういえば、彼女達にもよく振り回されたものだった。



――ドンッ

「うわっ!」
「ここはあたし!あたしがサトシと寝るの!」

サトシの膝に座っていたピカチュウを突き飛ばすなり、チコリータは甘えるようにサトシに擦り寄った。転がり落ちたピカチュウは後ろ向きにでんぐり返り、定位置を陣取っているチコリータにため息をつくのだった。
仕方ない、今日は隣にしておこうか。ピカチュウがサトシの右隣に移動したその時だった。

「痛っ!」
「ワニャ〜……」

突然背中を蹴飛ばされて、ピカチュウはあごを地面にぶつけた。
ばたばたと足を動かしているワニノコは、夢の中でも踊っているのだろうか。そのうえむにゃむにゃつぶやいたり、眠っていても騒がしいが、隣のヒノアラシは平然と鼻提灯を膨らませて眠っている。よく寝ていられるものだ、とピカチュウは半分感心し半分呆れる。
あごをさすりながら、今度こそ眠りにつこうとサトシの左隣に移動したかったのだが。

「うぎゃ!?」

尻尾に違和感を感じ、ピカチュウはその場を動けなかった。
またも寝ぼけた誰かに捕まってしまった。ヘラクロスが蜜の木と勘違いしているのか、ピカチュウの尻尾に吸い付いて離さない。思わず電撃を放ちそうになるのを耐えたが、力の強いヘラクロスから逃れられそうにない。

「ゆっくり寝かせてよ!」

最も頼りになりそうなヨルノズクはやはり爆睡中。もともと夜行性なのだ、そう簡単には起きないだろう。もういっそ催眠術でも使ってもらいたかったのに。ピカチュウは切実に思うのだった。



(ミジュマル一匹な分、今の方がマシだなぁ)

ピカチュウは遠い目で思う。今思えば、こんな風に静かに眠れるのは有り難いことなんじゃないだろうか。寝ても覚めても彼らは銘々に賑やかだった。ゴマゾウやヨーギラスがいた頃なんて、何匹ものトゲピーの世話をしているかのようであった。
そんな彼らも、半分以上が進化した今では大分おとなしく、大人っぽくなっているのだが。それはそれで手のかかる弟妹が離れてしまったようで、ピカチュウはほんの少し寂しくも思う。
しかし彼らも相当騒がしかったが――やはりその喧しさで右に出る者達は、あの連中しかいなかっただろう。




「待ちやがれコラぁああぁあ!!」
「ひいぃぃぃごめん許してぇぇえ!!」
「な、何の騒ぎ!?」

久々にサトシの膝を陣取ってうとうとしていたピカチュウは、けたたましい怒号に飛び起きた。しかし起きてみれば、騒音の原因は悪戯コンビのヘイガニとオニゴーリがいつものように騒いでいるだけであった。
ヘイガニが文字通り鬼の形相をしたオニゴーリから必死に逃げている、という以外は。

「なんでヘイガニが追いかけられてるの?」
「それがさぁ、ヘイガニとオニゴーリが寝てるジュプトルに落書きしようとしたんだけど、『肉』って書くか『中』って書くかで揉めて、すったもんだの末にヘイガニがオニゴーリを怒らせるようなこと言ったらしくて」
「止めてよオオスバメ!ジュプトルだって怒るよ!……うわっ!」

冷凍ビームがピカチュウの足元まで飛んでくる。自分が止めるべきか、と頭を抱えるピカチュウにコータスが啜り泣きながら、

「す、すみませんピカチュウさん……僕が皆さんを止められないばっかりに……うぅ」
「いや、君のせいじゃないって!そんな泣かないでよコータス!」
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