頂き物 / 捧げ物
□それは甘い罠
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呼吸の仕方なんて考えた事もなかった。
知識でしか知らないそれをまさか、されるなんて思わなかったから。
どくどくといつもより早い心臓の音が夢ではないことを自覚させる。
運動した後でもこんなに早くなったことなんてない。
波打つ鼓動に意識を持っていかれそうになる。
それほど、さっきの出来事が非日常過ぎた。
思ったよりも睫毛が長いとか、瞳に吸い込まれそうだったとか、考えなくてもいい事が思い出されていく。
いつもと同じ日常だった筈なのに、一体何が違ったのだろう。
僕か…それとも彼?
雰囲気に流されてしてしまうなんて、今でも信じられない。
なのに、心とは裏腹に僕の唇は熱を帯びたように熱い。
「……っ」
無意識に唇に触れると、先程光景がフラッシュバックのように蘇る。
あんな、真っ直ぐの瞳で僕を見る彼を見たのは始めてだった。
本当に吸い込まれるかと思った。
「……はぁ」
ずるっと壁に寄り掛かり、息を吐く。
衝動で逃げてしまった彼のせいで、部屋のドアは相変わらず開けっ放し。
しっかり者の彼にしては珍しく、そんな事を仕出かしたと言うことは、僕が思っていたよりも焦っていたんだと思う。
かくれんぼで迷い込んだ空き部屋で独り言のように心の中で呟く。
僕から一直線上に伸びている線を目で辿ると、いつから居たのか、開けっ放ったドアの向こうに彼がいた。
「…どうしたの?」
声を落として聞く。
「その、ごめ―「謝んないでよっ!」」
謝罪を紡ごうとした瞬間、僕は被せ気味に叫んだ。
「謝らないでよ。どうしていいか分からないのに……」
「…夕輝」
視線が下へと落ちていく。
ぼんやりとした頭の僕に彼が僕の名を呼ぶ。
「…ちゃんとして」
「えっ?」
「こういうのは、曖昧はいやなの!」
潤んだ瞳から流れそうになる涙を堪え、顔を上げた。
彼はそんな僕を見て、わかりやすくうろたえている。
「…はい。わかりました」
一つ返事を返してくる空緋。
すっとゆっくりした面持ちで動くと、一連の動きのようにドアを閉め、入ってくる。
一歩、さらに一歩と音もたてずに近づくと、僕を真正面から抱きしめた。