短編
□叶わない恋と知った
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この世に生をうけて、初めて『嫉妬』という感情を覚えた。
しかも、僕にとってそれは意外な人物で。
ずーと…飽きもせずに『結婚して』と言い続けた相手ではなく、僕のその戯れ事に溜息をついているメンバーの一人だった。
その彼は、今の僕の仲間。
ホウエンという地方を一緒に旅をしている仲間の一人。
通称、『緑の皇帝様』
結構、クールな性格をしている彼は僕の仲間にいるか、いないかの至って真面目な奴。
まあ…料理はあのベイリーフ並に壊滅的だけど。
根は凄くいい奴である。
そんな彼が気になり始めたのは、彼がこれまた飽きもせず、オオスバメに愛を語っていた時。
側でほかのホウエンメンバーたちと僕もまたかと思いながら、見ていた。
「オオスバメ!お前の事が好きだ!」
「うん。俺もジュプトルが好きだけど?」
「だから、そうじゃなくてだな…」
「…?」
必死の攻防。けれど、全て空振り。
伊達にホウエンメンバー1の天然キャラじゃない。
オオスバメは、ジュプトルの言っている意味を半分も理解してなかった。
彼が言う『好き』と、自分が口にした『好き』の違いを。
全く違うものだとは気付いてないようだ。
苦労するよね…ジュプトルも。
あぁも、天然っ子だと。
同情するような視線を送る。
けれど、何だかよく分からないモヤが僕の心に生まれていた。
それは、ジュプトルを見るほど、凄く大きくなっていって。
と、その時。
「オオスバメー!ちょっと来てくれー!」
「…?分かったー!今行くー!」
遠くからオオスバメを呼ぶサトシの声がした。
「ジュプトルごめん。サトシに呼ばれたから、ちょっと行ってくる」
「え?あ、あぁ…」
サトシに呼ばれたオオスバメは、簡単にジュプトルの前からいなくなった。
そのオオスバメを見て、ジュプトルは独り言のように呟く。
「…結局、サトシか――」
俺はこんなにもお前の事が好きなのに―――
ズキッ。
ジュプトルの言葉に反応したように、僕の胸が痛くなる。
なにこれ?…どうして?
僕は、サトシが好きなのに……。
これじゃあ、僕がジュプトルを好きみたいじゃないか。
彼が好きなのは、オオスバメなのに。
片想いじゃん。完璧に……。
そこまで考えて出た結論は、所謂…『ヤキモチ』だった。
さっきの胸の痛みは叶わない恋を自覚した事と、天然で彼の気持ちには一切気付かないのに、彼は諦める事もせず、愛を語り続ける。
そんな彼の気持ちを半分も分かっていないのに、無償で与えてもらえているオオスバメへの『嫉妬』
何もかもがムカついた。
あーあ、サトシでも見込みなかったのに、よりによって、ジュプトルだなんて。
僕ってホントについてないなぁ。
でも、こればかりは仕方がない。
恋は『する』ものではなく、『落ちる』ものだから。
僕にはどうする事も出来ない。
(これから、どうしようか…)
考える振りをした。
変わらない。
結局、僕は今まで通り、愛をサトシに向かって叫ばいい。
そしたらきっと、誰も気付かない。
願わくば、オオスバメが彼の気持ちに気付くまで…。
この想いが誰にもバレませんように…。
その日の夜、野宿だった事もあり、そっと寝床から出て一人散歩に出た。
自覚してしまったせいか、彼の近くで寝れなくて、目が覚めてしまったから。
野宿前に見付けた腰をかけるにちょうどの大きさと高さにあった岩に向かう。
さほど、離れていなかったので、直ぐについた。
静かに腰をかけると、岩だからやっぱり固く座りづらい。
でも、結構フィットする。
その状態で空を見上げると、真ん丸お月様が見えた。
今日は調度、満月の日だったようだ。
何よりも丸い月は、今までの旅でも何度も見てきた。
野宿なんて日常と言える程、毎日のようだったから。
慣れないうちは、不安だったけど、初めての野宿の時は、よく分からない気持ちが頭の中を駆け巡っていて寝れなかった。
その時は今のバタフリー、当時のキャタピーと談笑していたからそこまで寂しくなかった。
あの日もお月様は満月だった。
(そして今日も満月か……)
謀ったように僕の気持ちがいつもと違う状態に陥っている場合に、野宿は多い。
しかも限って満月。
月の魔力にやられたのか、満月の時は必ずと言っていい程、不安定で簡単に涙が零れてしまう。
(僕ってホントに弱い…)
視線はいつの間にか月から真下の地面へと落ちていた。
地面の模様が歪んで見えてくる。
あぁ、僕…また泣いてるんだ。
「……っ」
気付いてしまったら次から次へと涙が零れる。
雨も降っていないのに、地面はびしょ濡れだ。
『あなたは本当に、素直じゃないですね』
くすりと笑って、ピジョットが苦笑していた事を思い出す。
まだ、彼が僕と一緒に旅をしていた時に言った言葉だ。
それに便乗したように、例のおかんが言う。
『もっと頼ったってバチなんてあたんないだろ?』
今と対して変わらない言い回しだったけど、何だか嬉しかった事を覚えている。
僕はサトシの最初のポケモンでパートナー。
だけど、二、三日もしない間にキャタピーが仲間になり、続いてピジョンが加わった。
正直、サトシにさえ慣れていなかった僕は、次々と増えていく仲間たちと仲良くやっていく自信がなかった。
それでも、体張ってこんな僕を守ってくれた彼に迷惑かけたくなくて。
必死に仲間たちと打ち解けた振りをした。
けれども、仲間内で結構頭もよく、何より感の鋭いピジョットとフシギダネにはお見通しだったらしく怒られてしまった。
さっきの言葉はその時の。
もっと頼れ。
一人で抱えるな。
仲間だろ?
そうやって言ってくる二人にほだされたのか僕は気がつくと涙を流していた。
策略に嵌まってしまったように思えたけど、一度泣くと、すっきりとしてしまって文句など言えなかった。
それに、何より二人が嬉しそうだったから。
でも、やっぱり素直になれなくて。
『…あ、ありがと』
プイッと視線を外して無愛想に礼を言った。
『プッ。本当に素直じゃないですね』
『全くだな』
あははと笑い声が聞こえてきて、それに真っ赤な顔をして『笑わないでよ!』と反撃とは言い難い言葉を返した。
今思えば、うれしい思い出でもあり、消し去りたい恥ずかしい思い出もある。
あんなに感情をあらわにしてのは初めてだった。
(…あーっ、何か恥ずかしくなってきた)
回想から戻ってくると、涙はピタリと止まっていた。
が、逆に頬が熱い。
どちらにしても、こんな顔…誰にも見せられないなぁ。
けれど、分かってる。
そう思ってる時に誰か来るんだよね。
お約束というやつだ。
「…ん?ピカチュウ。お前寝床にいないと思ったらこんな所にいたのか」
「……ジュプトル」
背後から声をかけられて振り向くと、よりによって彼がいた。
これもお約束というやつか……。
「どうしたの?こんな時間に」
「それはこっちの台詞だ。いくら、ジム戦が、まだだからといっても毎日のように来る暇人がいるんだから、休まないと体力が続かないぞ?」
そう言って、僕の隣に腰かける。
「…あいつらは別に体力どうこうの話じゃないよ。まあ、そんなものなくても、この僕が負ける訳ないけど」
「…お前なぁ」
ニコリと笑って自信満々に言うと、呆れたように溜息をつかれた。
「それでも、万が一があるだろうが」
「万が一は万が一だよ?ジュプトル。大体、あいつらに僕がどれ程さらわれてるか知ってるの?」
数えきれないよ…しつこ過ぎて。
「だろうな。数えてたら逆に驚く」
「…僕はそんなに暇人じゃないんだけど?」
ニヤッと笑って言うと、『本当かよ』と疑いの眼差しで見られた。
「失敬だな〜ジュプトルったら」
「いや、お前だからな。十分有り得る」
「僕はオニゴーリじゃないから、そんな事しないって」
「…オニゴーリは特にしないだろ」
「そうかもね〜!」
「お前なぁ…」
会話になってるようでなってない。
それもその筈、僕はジュプトルの言葉に適当に返してるのだから。
だってそうでもしないと、おかしくなってしまいそうなんだ。
今まさに隣同士で話しをしているだけなのに、心臓がどくどくと煩くて。
彼に聞こえてしまいそうで怖い。
怖くて仕方がない。
この恋が叶わないなら、せめて仲間でいたいのに。
知られてしまったら、きっと崩れてしまう。
築くのは難しいのに壊れるのは意図も簡単で。
『…お前なんていらない』
初めて拒絶された時の言葉、今も忘れられない。
僕を必要として、仲間になろうって言ってくれた信じてたのに。
彼は赤子の手を捻るように僕に暴力を奮った。
一度でも彼の言葉を、彼の笑顔を信じた僕自身を呪った。
何度も何度も…僕がいけなかったんだと言い聞かせて。
自分の殻に閉じこもった。
もう誰も信じない。
信じちゃいけないって。
叫び続けた。
それは僕にとっての誰かへのSOSで。
助けて…と誰かを呼び続けた。
届かないと知っていながら。
矛盾してると言われてもしょうがないけど、信じたかったんだと思う。
まだ見ぬ誰かを…。
もう、『拒絶』なんていらないから。
「…ピカチュウ」
長くトリップしてたみたい。
彼の声に気付き、返事を返す。