置場

□一年の計は元旦にあり
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冬。雪が舞い降りそうなくらい寒くなってきた奥東京市のある一角。
ご存知人間と宇宙人が当たり前のように共存する日向家のリビングで一つの問題が発生していた。
「…どういう意味でありますか?」
「あぁ? 自分で考えたら〜?」
ドアを入って真っ正面から右のソファに仲良く肩を並べる緑と黄色。
他人からは危険な悪友なんて呼ばれる程、仲の良い二人だが、何故か今は空気で分かるくらいにギスギスしていた。
事の発端は緑―ケロロの何気ない一言からだった。
新年になり浮かれまくっている地球人たちの意表をつき、真面目に侵略作戦を企て、このお正月という期間に行ってしまおうなんてノリで隣の黄色―クルルに提案した。気温の変化によって気持ちを左右しちゃおう作戦(仮)
今の季節、何処もかしこも一桁を記録している。
つまり、この作戦を実行すると、初詣なので出会う友達や家族等との人間関係が崩れ険悪なムードに一直線という事だ。
この提案を聞いたクルルは、新年早々メンドクセェなどと思っていたが、案外面白そうだったので二つ返事で了承した。
それにケロロは、目に見えて喜び幼子のように体全体で表した。
ぎゅーと日常茶飯事に抱き着かれ暑苦しいなんてクルルは思ったが、既に慣れてしまった自分に出会ってしまい、何となく身動きがとれなくなる。
抵抗は体力の無駄と諦め、対して興味のないテレビ番組に視線を移すと、視界に入っているケロロがふと小さく呟いた。
「…そういえば、恋人も対象内でありますよね」
何気ない一言だったのだろう。
自分が企てた作戦の。
意味など無かった筈だ。
クルルが咄嗟に導きだした意味なんて。
「…"恋人"って誰のことだぁ?」
思った以上の冷たい声にクルル自身でさえ驚いた。
ケロン軍一頭脳明晰なこの脳はいらない答えを電卓よりも早いスピードで計算し、それをクルルに自慢げに見せた。
その内容はムカつくとした言いようがなくて。気持ちが簡単に露出する程だった。
びくりと触れ合う体が震える。
驚きからだろうなんて他人事のように考える。
そうした張本人の癖にまるで第三者のような目線で視界のケロロを見る。
潤んだ瞳と視線がぶつかった。
キラキラと星のように瞬いて綺麗だなんて場違いに思う。
この人のこの顔は苦手だ。
何故かは分かんねぇけど。
悶々とした感情に襲われる。
今現在、それ以上の混乱に苛められている者を目の前にして言う事じゃないと思うが、正直どうしていいか分からなかった。
ケロン軍一の脳が聞いて呆れる。
結局、数分間体が密着したまま、お互い何も口を聞かず、耐え切れなくなったクルルが視線をテレビ番組に移したのだった。
後にこの時の事を記憶から消去したい等とクルルは語ったが、何故か消去出来ず今でもたまに思い出しているという。

一方ケロロは、視線を移され内心焦っていた。
今は正月番組でクルルの興味の引くものなんてやっていない事は、悪友であり隊長である自分にかけて言える。
そして、この男が何故か物凄く機嫌が悪い事も勿論分かっている。
クルルという男は、二種類の怒り方をする。一つ目は、目に見えて不機嫌だと分かる怒り方。
これは大抵、超インドア派な癖に負けず嫌いな性格のせいで起こるものだ。
以前の例で言えば、年下でしかもムカつくガルル小隊所属のトロロに自分の得意分野で負けを貰った時、完璧にキレていた。
あれは、冷静の"れ"の字も無かっただろう。近くで見ていたからこそケロロには、よく分かった。
不気味な笑い声を上げて床下に消えていった黄色い存在の纏っているオーラが、触れたくないと首を左右に高速で拒否したくなるほど黒く淀んでいたことを。
二つ目は、オーラでしか感じとれない静かな怒り方。
これはよく、ケロロが敵対している日向家の長女や幼なじみで部下の赤―ギロロがよくする。
ケロロは、あまりしないが。
そして、今現在のクルルが調度これに当て嵌まると見て間違いないだろう。
さして興味のない歌番組を視線に入れているように見せているのが確たる証拠だ。
全くもって分かりづらい。
幼なじみ達と同じくらい長く付き合っているのに、感情が表情に現れないこの男は本当にメンドクサイと思う。
けれども、仮にも隊長でコッチの方が年上。
仕方なくケロロは、分からない全てを取り敢えず置き、クルルと意思をはかる事にした。
「……だから、どういう意味?」
「…………」
グッと沸き上がる何かを抑え尋ねるが、反応は無反応。
何だか泣きたくなってくる。
「…クルル、言ってくれなきゃ分からないであります」
駄目元で続けるが、涙声になっているが自分でも分かってきていた。
泣くなんて狡い…そう思いながらもポロッと滴となり緑と黄色の間に落ちた。
ぐっと背中に回されたクルルの腕が強くなる。
それでも優しく抱きしめてくれているなんて思うと、ケロロの涙に嬉し涙が追加された。
「……アンタにとって俺って何スか?」
視線だけは相変わらずテレビに釘付けのクルルが呟く。
「何って…」
「…らしくネェけど、"恋人"じゃないんスか?」
ぎゅうと力が更に強くなる。
珍しく弱々しい声。
不安が混じっているように感じた。
「…我輩は」
「アンタはさっき、恋人って言った」
続けようとした言葉をすかさず遮られる。
「…それはっ!」
「…"恋人"って誰の事何スか?」
さっきと同じ問い。
けれど違うのは、のらりくらりと交わすような声ではなく、消えてなくなりそうなくらい小さな声、音。
こんな時に何だが後輩らしいクルルってこんな感じかな、なんて考えてしまうのは余りにも見慣れていないせいなんだと思う。「……クルルでありますよ」
そんな飛び交う要らない考えをごみ箱にポイし、返事を返した。
何だか頬が熱く感じる気がする。
すると、聞き慣れた間の抜けるような疑問形が返ってくれる。
ク一文字にハテナマーク。
クルルからしか聞かない彼特有のもの。
「……本当かよ?」
暫くの空白の後に確認のような返し。
それに小さく笑い、歪む視界の中で、あったり前ジャンと元気よく返した。
「…ふ〜ん」
それを聞いたクルルは視線をケロロに戻
し、そっと体を離すと、何処からともなく一つの紙を出す。
「ナニコレ?」
「…んー? 見て分かんネェ?」
「分かんねぇよ!」
「万が一に億が一に何があるか分かんネェだろ? だーかーらー」
はいと渡されるペン。
訳も分からず受け取ると此処にサインと見慣れた嫌な笑みを浮かべられた。
らしくない彼だ。
なんて思いつつもコレで納得してくれるなら安いか、などと思う自分も大概だ。
きゅきゅっとサインして、クルルに渡すと更に濃い嫌な笑顔が見れた。
何だろう嬉しくない。
「…く、くるるっ?」
「ククッ、サインしたなぁ?」
ニタァと笑うクルルと対象的にゾクリとした何かが背筋を駆け巡る。
その正体は意外にも早く分かった。
「…隊長、アンタはこれから、ずーっと俺様のモンだゼェ」
ひらひらと目の前で振られた書類の内容を見てケロロは唖然とした。
「『今日から一生、身も心も喜んで貴方にささげます』って何ジャこりゃあっ!?」「あー? そのままの意味ダゼェ?」
ケロロは、てっきり恋人証明書みたいなものだと思っていた。
あれ程クルルがらしくなかったのだ。
内容はきっと、『貴方の恋人であり続ける事を誓います』くらいだと思っていた。
それなのに…これじゃ、どっかのメイドとか従者も当て嵌まる内容ジャン。
てか、我輩の方が立場上、上っショ?
階級はクルルの方が上だけどさぁ。
などと、本人ですら理解出来ないものが頭の中を忙しく駆け巡る。
そんな風に考えているんだろうなぁと、手に取るように分かったクルルは、今年初の柔らかな笑顔を浮かべた。

きっかけは認めたくない小さなヤキモチ。付き合ってるのに甘い雰囲気さえなくて、当たり前のように零距離で喧嘩するギロロとの方がよっぽど仲が良いのでは、なんてつまらない結果に行き着いた故の攻防戦だった。
実際、激しい喧嘩にならなくて、ホッと胸を撫で下ろしているのだが。
(…ガキみてぇな感情丸出しにして、みっともネェ)
ケロロ小隊の最年少の黒―タママみたいな状態に陥ったことは、彼にとっては人生の汚点に成りかねない。
しかも、それを一番知られたくない相手に見られたのだ。
本当なら穴を掘って中に入りたいくらいだ。だが、それではケロロの記憶に残ってしまう。
嫌なら消せば万事解決でも、自分との出来事は比較的覚えてほしいなどと思ってしまっている自分もいる。
だから、自分らしいやり方でケロロの記憶から消すことを考えた。
それが先程の書類もどき。
実際、ケロロが考えているような事は一つもない。
ただ、認めたがらないこのクルルという男がケロロが自分のモノであると形に残したかっただけ。
気持ちのカケラも。
体の部分も。
誰のものでもなく、クルルだけのモノであるという証明が欲しかったのだ。
ワタワタと目の前で慌てるケロロには、一生分からない不器用過ぎる男の考え。
そして、嫉妬深いのも、独占欲の強さも一考に認めやしないクルル本人にも分からないものだ。
近いうちに、自覚しないとは限りはしないのだが。
(…ゲロぉーっ! 数分前の我輩のバカー!)
自分に左右されて分かりやすく感情を露出しまくるケロロを、これまた分かりやすくニヤついて見ている事に気付きもしないクルルにはまだ早い感情なのかもしれない。

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