財前ドキサバ

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走っても、走っても、骸骨のスピードが衰えることはなかった。長い廊下を走り、階段を駆け上り、気づいたらだいぶ奥まで進んでいた。普段走り慣れていない私は既に苦しくなっていたけれど、2人はさすが全国大会出場校のレギュラー、息がほとんど乱れていない。


「日向さん。もうちょっとだけ、頑張れるか?」

「は、い…!」

「よし、ええ子や」

「れいな、しんどいなら掴まれ」


光君が差し出してくれた手を握る。正直もう限界に近かったけど、光君が引っ張ってくれるおかげでいくらか楽になった。





その後もしばらく走り続け、ついに最上階まで辿り着いた。このまま、病院の最奥を目指す。


「……っ!」

「…っと、大丈夫か?」


なんとか足を動かしていたけれど、そろそろ限界だ。足がもつれて転びそうになったところを、光君が手を引いてくれてなんとか持ちこたえる。返事をしたいのに、うまく息を吸えず、声が出せない。


「…ここまでやな」


先頭を走っていた白石さんがスピードを緩め、私たちの後ろに回る。白石さんが何をするのか、振り返って確認する余裕もなく、ただひたすら前を向いて足を動かす。すると、白石さんが私の背中を優しくポン、と押した。


「ようやったな、日向さん。財前、日向さんと一緒にそこらへんの部屋に入って、しっかり鍵かけといてや」

「何、言って……部長はどないするんですか!?」

「骸骨引き連れて走ってる。財前は日向さんを休ませてやって。もし余裕があれば、引き続き探索頼むわ」

「何を、そんな飄々と…」

「大丈夫やって。俺、まだ余裕あるし」

「でも…」

「ええから。早よしいや!」


白石さんが珍しく声を荒げ、骸骨と対峙するように向き直る。光君は一瞬の躊躇を見せたあと、「ほんま、かなわんわ…」と吐き捨てるように呟き、私を近くの部屋に押し込んだ。私はそのまま床に倒れこみ、不規則な呼吸で目一杯空気を吸い込んだ。


「ええか、財前。日向さんのこと、しっかり護るんやで」

「分かりました。白石部長、…必ず助けに行きます」

「おん、待っとるで」


白石さんの返事を確認したあと、光君も私と同じ部屋に入り、しっかり鍵をかけた。これで、骸骨はここに入ってこれない。そして、白石さんも…。


「鍵、ちゃんとかかったみたいやな。…おい、骸骨。お前は俺と鬼ごっこや。もう少し付き合ってもらおか」


白石さんが骸骨をギリギリまで引き付け、再び走り出す。白石さんの足音と、カチカチと響く骸骨の足音が遠ざかっていく。光君はしばらくドアに寄りかかっていたけれど、足音が聞こえなくなると私の隣に座り、優しく背中を撫でてくれた。


「すまん…無理させ過ぎたな」

「ごめん…ね…。もう、だいぶ、落ち着いてきた」


光君は私の上体を起こし、近くの壁にもたれさせてくれた。ふと、光君と目が合う。こんな状況でも、光君の目は真っ直ぐ、力強く、前を向いていた。


「光君…」

「部長なら大丈夫や。そう簡単にやられる人やない。…謙也さんも、金ちゃんもや」

「…うん」


静かな部屋に、私と光君の息づかいだけが響く。この世界に2人だけ取り残されてしまったような感覚に陥り、不安でふと下を向いてしまった。でも、すぐに光君の手が私の頬に触れ、顔を上げさせる。


「そんな暗い顔すんな。大丈夫。大丈夫やから」


そう言って、光君は私の手を強く握った。その手は少しだけ、震えていた。もしかしたら光君は、自分自身に『大丈夫』と言い聞かせているのかもしれない。諦めてはいけないと、無理矢理にでも強い心を保とうとしているのかもしれない。不安なのは私だけではない。光君も、白石さんも、そしてきっと、忍足さんも、金ちゃんもだ。


「…ありがとう。私は、大丈夫」

「そうか。今は人の心配してる場合ちゃうからな。俺達も、ずっとここに居るわけにはいかへん」

「そうだね。みんなが助かる方法を考えなくちゃ」

「せやな。まだ、歩けるか?」

「うん。ここまで奥に進んだんだから、何かしら手がかりが見つかりそうだし、もう少し頑張る」

「おん。もしかしたら、骸骨の謎も分かるかもしれへん。万が一何も無かったとしても、『この病院には何も無かった』ってことが分かるしな。そしたら部長らを探すだけや」

「そうだね」


だいぶ落ち着いてきた呼吸を整え、ふらつく足で立ち上がる。大丈夫。まだ、頑張れる。


「部長も言っとったけどな、」

「うん?」

「れいな、よお頑張ったわ」


光君が笑みを浮かべ、私の頭を撫でる。一瞬にして、不安な心が満たされていった。今の私には、光君がいてくれる。不安になることなんてない。絶対に、5人で脱出してみせる。


「そろそろ進むで」

「うん」


私達は再び、廊下へと踏み出した。





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