L-SS(BOOK)01
□熱
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私の手にはまだ、雪を溶かすくらいの体温が残っている。
意識がそれを望まずとも、変わらずこの身体は生きていこうとする。
ただただ生き続けることを、疑いもせず。
「身体と心が別々にあるものだとしたら、竜崎」
「はい」
「竜崎はきっと、心の方が強いのね」
「どうしてそう思うんですか」
「考えるために甘いものを食べている、ということは。頭とか思考とか、そういうもののために身体中の細胞を使ってエネルギーを生み出している、ってことでしょう?ということは、」
「ということは?」
「心や頭や思考、のために、身体が生き続けている…?」
「疑問系ですか」
「本当のところはどうなんでしょう?」
「私の身体はそれだけのために存在しているわけではありませんよ」
「じゃあ、何のために?」
「たぶん、」
「こうする為、です」
手を伸ばせば届く距離。手を伸ばさなければ届かない距離。届きたい。それならば、
『この手を伸ばせばいいのです。
そうすれば、
僅か一秒、その距離はゼロになる』
竜崎の両腕がぐるりと私を閉じ込めて、鼻先にあたったシャツの向こうで確かに心臓の音がした。
あの時あなたが私に遺した体温が、今この時、手のひらの雪を溶かしていくのです。
そうして、私は明日も生きていくのです。
(未だ冷めることはないあなたの熱を身体に、心に宿したままで)
END
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