words(BOOK)

□青い魚
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あおいさかながそらをとぶ


青いさかなが空をとぶ


青い魚が 空を飛ぶ


小さな頃から見続けていたその夢は、年月を重ねるにつれて少しずつ精彩さを失い、気が付けばモノクロの真っ黒な魚の形をしたものがただ真っ白な背景をうねうねと身体をくゆらせて昇っていく。それだけの映像と成り果ててしまいました。何を暗示するでもなく、暗い気持ちにも大して明るい気持ちにもさせてはくれなかったその魚は一体私の何だったのでしょうか。きっと何か隠された重大な意味がそこにあって、そいつがいつか私をどこかへ連れ去ってしまうはずだと無責任に思い込めるほどもう私は若くないし、実際その魚は今までどこにも私を連れ去ったりはしなかったのです。そいつはただ私の元に現れ、優雅に空を散歩して、そして私は目を覚ます。それだけの戯れだったのです。それでもやはり君が色を失ってしまったのには責任を感じます。君はあんなに、目の覚めるような素敵な青色をしていたのにね。


近くに海でもあれば少しは説明がついたのかもしれません。ですが私の育った街には残念ながら海も川もなく、かと言って山があるわけでもありませんでした。あるのはただ地平線まで届きそうなほど広大な田んぼ、それだけでした。海にも川にも似なかった私は淡々と続く平地のような人間になりました。上りでも下りでもない、そういう人間になりました。18で家を出て、初めて海の傍に暮らしました。しかしそれは思ったよりも大した影響を私には与えませんでした。がっかりです。遅すぎたのです。青い魚がただの真っ黒な魚『のようなもの』に成り果ててしまったのは、その頃からでした。


大して愛してもいない男と寝られる自分を不思議に思っていました。ですがすぐに思い当たったのです。そういえば本当に心の底から愛した男なんて今までにいたことがない、と。

初めて寝た男には恋人がいたし、その後にきちんと付き合ったひととのことは、思い返せば形だけの恋人を演じていただけのような気がします。好きだという大義名分を果たせば私は胸を張って誰かの傍にいていいのだと、そう思っていました。好きなフリをしました。思い込もうとしました。結果、ときどき思い込みすぎて本当に辛くなったりもしましたが別れるときはあっさりとしたものでした。今では彼らの顔すらろくに思い出すことさえ出来ません。


そしてうようよと私の中を泳ぐ魚は日に日に動きの量が少なくなっていきました。


このままでいけないのだ、と。それは嫌でも分かります。もしかしたら魚はそんなようなことを私に教えようとしているのでしょうか。


そしていつか、私の身体には値段がついていきました。大した金額ではありませんがお小遣い程度にはなります。脂っこいオジサンの額は見るたびに吐き気がします。フローラルの匂いなど始めから望んではいませんがせめて大事なところはきちんと洗ってきて欲しいと思いつつ、油断するとオエっときてしまうので咥えるときは息を止めています。半分しか勃たないちんちんは、挿れられても大して気持ちよくはありませんが挿れている方は大層気持ちがいいらしく、乱れたケモノのような呼吸が近くて近くて餃子の匂いなんかした日には殴りつけたくもなります。

ですが私はきちんと表情を作って、感じていますと演技をするのです。嘘の喘ぎ声を漏らせばそれだけで少しは早くこの行為が終わることを知っているのです。


頭を抱いてやると甘えるように身体を擦り付けてきます。父親のような年齢のオジサンに甘えられるというのは全くおかしなものですが、そうしていればただ声を上げるだけでいいのです。無表情でただ天井を見つめながら、魚のことを思うのです。





ああ ああ ああ


もしもあれが私なら、きっとここは光の届かない海の底


誰も引き上げちゃくれないし、声を上げたって誰にも届きゃしない


何千何万メートルも、潜って潜って遠ざかる光もいつか見えなくなった


最後にあの焼きつくような光を目にしたのはいつのことだっけ?


ああ ああ ああ


今、私は水底に背をつけて


千切れんばかりに 手を伸ばす











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