words(BOOK)

□世界とひとりを繋ぐもの
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あなたがいると愉快だし、いないとどこかつまらない


そういう曖昧さを常に持ち続けてきた私が答えなんて出せるわけがありません。じゃあ好きなのかと聞かれればそれはまったくもって別の次元のお話に聞こえてしまうのです。いると愉快で、いないとつまらない。だからここにいて欲しいとそう願うのはどうやらこの世間一般というカテゴリーの中では不適切なものに当たるようなのです。


当然私は困ってしまいます。私が感じている想いが世間では理解されないらしいのです。そしてあなたはその世間の枠の中からひょっこりと顔を見せるのです。もしも私が手を伸ばしてあなたの手を取ったなら、おそらくあなたは迷うことなくその枠の中からこちら側にひょいと飛び移ってくれるでしょう。あなたは私の中途半端な答えさえも我慢してくれるような優しいひとだから、きっとそうしてくれるでしょう。

だけどそれはやはり私のなかのモラルのようなものに反してしまうのです。どうしてそうなのか、どうしてただ手をとってきちんと繋がることがモラルに反してしまうのか。そのモラルは私の中にあるはずのものだというのに、どうして自分自身その仕組みをうまく理解することが出来ないのか。


私はため息をつき、がっくりと肩を落としてしまいます。ああ私は不完全なまま、不完全なこの小さな世界の中で不完全を完全としてかっちりと凝り固まってしまいました。幼い頃に歪められたそのいれものの中で、歪んだ形にならざるを得なかったのです。今更私を歪めた外部のたくさんの理不尽な力やそれから守ってはくれなかった大人を憎むつもりはありません。そんなことをしたって私の形は正しい形に戻ることはないということを知っているからです。


だけど時々思います。もし私が正しい形で成長することができたなら、今よりはずっと簡単にあなたの手を取ってその手に引かれて一緒にその世間の枠の中に飛び込んで行けたかもしれないのに、と。何を怖れることもなく、あなたがいれば怖いものなんて何もないよと恥ずかしげもなく疑いもせずそうすることが出来たかもしれないのに、と。

そう思うと決まって胸の辺りがきゅうきゅうと苦しくなってしまうのです。だからあまり長い時間それを考え続けることが出来ません。





「あなたがいると愉快だし、いないとどこかつまらない」

思い切って口にした私にあなたは笑って言いました。

「それなら君が僕にいて欲しいとき、いつでも僕はそこにいるようにするよ」

「そんなの、不可能。だってあなたはきちんと生きていて、私のことよりももっともっと重大な問題や事柄を抱えていて、私だけのことに構っていられるわけがないでしょう?」

「そうだよ」

あなたは私の頭に手を乗せて、幼い子供にするようにぽんぽんと叩きました。

「護る、というのは時には傍に居るよりも遠くで闘うことを意味する場合もあるんだ。君が辛いときもしも僕がそこにいないなら、物質的に確かに手を伸ばしても触れられない距離に離れてしまっているとしたら。そのとき僕は間違いなく君のことを考えている。ああ君が寂しくて泣いている。つまらなくてヘソを曲げている。それくらいのことは僕はいつだって、どこにいたって感じられる」

「・・・あなたは一体、誰なんだろう?」

「僕は、君だ。君と相反するものであり、君の一部だ。だから君のことは99パーセントまで理解することが出来る。残りの1パーセントは君自身にとっても未知なるものだ。長くなったけどつまりはね、安心して欲しい」

「私はここにいたままでいいの?」

「世間一般、というのは単に多数派というだけのことだよ。少数派が全てそれに取り込まれなくちゃいけないなんて道理はない」

「あなたは、不思議な場所にいるんだね」

「そう。僕は不思議な場所にいる」

「手を貸して」


私は差し出されたその手を頬に当てました。大きな手のひらが頬を、指先が耳を包み込んでしまいました。私は目を閉じてその感触を肌で深く深く感じ取ろうとしました。





―この手は私と相反するものであり、私の一部だ





「できることなら、」

目を閉じたままで、私は言いました。

「この手を離したくはない」

「僕の手を覚えておいて。そうすればきっと、離れることはないよ」


私は小さく頷きました。そして目を開けたとき、もうそこにはいない彼のことを想いました。鮮明で、生々しい体温が頬に残ったままでした。



そして私ははじめて私の感情を正しく理解することが出来たのです。





わたしはただ、あなたを必要としていた










END
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