L-SS(BOOK)03

□二割増し
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美しい言葉を話すひとだと思った

そっけなくすら感じられる丁寧な響きは時に冷たく、やはり美しかった



「友人がいますか」

「はい」

「では、ご友人と話すときはどのように」

「どのようにと言われても、至って普通としか言えません」

「仕事マジきつーい玉の輿どっかに落ちてないかなー、と。このような台詞を私の知らない場所で口にすることがあるのでしょうか」

「…あると思いますか」

「ないと思います」

だんだんと彼女の表情が険しくなっていく。訳の分からない質問を繰り返す私に腹を立てている。言葉の安定性とは裏腹に彼女の感情や表情は高波のように上下し様々な面を見せる。腹を立て、怒り、時には嬉しそうに、時には楽しそうに。

彼女の言葉だけがまるで教科書を写したかのように正確で、冷たい。

「私は日本という真面目なお国柄に合わせTPOを弁えて便宜上この口調で話していますが、」

「はい」

「あなたはもう少しくだけた話し方をされても良いのではありませんか」

「これが私の通常の喋り方です。くだけた話し方と言われても分かりません」

「よーっ、松井ー、朝日だー、おひさー」

「驚くほど似合っていません」

「このように」

「遠慮します」

「あなたの場合、それでいて感情も表情も豊かだからアンバランスなんですよね」

「私にもTPOを弁える権利はあると思います」

「はい、その通りです。しかし、」

ポケットに手を入れたまま彼女の傍に立つと怪訝な顔をして私を見上げる。

「あなたのその言葉はどこか覚えたてのように聞こえるものですから」

「…気のせいです」

「そうでしょうか」

「間違いありません」

「ご出身は確か、」

「…」

「関東ではない」

「…」

「雪の降る、」

「…」

「日本海側の、」

「…だー、もう!」

「どうしました」

「分ーかってて言ってんでしょうがこのぽんつく!私が、私が…方言訛りの田舎モンだってことぐらい!」

「いえ何のことだかさっぱり。ぽんつくとは何ですか」

「おーい松井ー、朝日らけどー、生きったー?」

ぶふっ、と吹き出してしまう。最早隠すことを諦めた彼女が先程の私の言葉を自らの方言でなぞる。

「ですます言ってねーとすーぐ出んだから!くだけた標準語などという難解なものは会得してねーんです!」

「…混ざって…ますね…」

息が苦しい。酸素を吸えない。こんな風に腹を抱えて笑うことがまさか生涯のうちに起こり得るとは。人生とは分からないものだ。

「はー…苦しいです」

「パワハラです。夜神局長に訴えます」

「皆さんには内緒なんですか」

「…一度大笑いされてから封印しました」

「勿体ないですね」

「何がですか、勿体ない」

「だんだんその口調も危うくなってきています」

「…もう黙ります」

「いいじゃないですか。方言を話す女性は二割増しですよ」

「…ぽんつく」

表情だけはいつものままで、怒ったような恥ずかしそうな顔。

「私の田舎の方言はクセが強いし少しイントネーションがきついです。そんな話し方したら皆に…竜崎に、敬遠されると思います」

「伝われば良いじゃないですか」

「…もう、今更嫌です無理です不可能です」

「では、私の前でだけどうぞ」

「……考えておきます」

「ところで、」

「はい?」

「ぽんつくとは何ですか」

「……日本語に訳すと『馬鹿たれ』、『しょうもねー野郎』といったところです」

「明日から私も使います」

「…全世界同時中継で『おいキラこのぽんつく!』とか絶対やめてください」

「それも面白そうです」

がっくりとうなだれた彼女を見てまた込み上げてくる。



丸暗記した都会の言葉で飾った彼女の言葉は正しく、美しい

それはいつも彼女が美しい言葉を選び取り、心を紡いでいるからだ


染みついた彼女の国の言葉は刺激的で、愛しい

それは彼女が彼女らしくいられる言葉だ





さてどちらの言葉を話す彼女に私は捕われているのだろう

そんなことを考えれば終わりが見えない程に胸が躍る



そんな私のささやかな恋心は翌日、考え過ぎて侍言葉が混じり、『それがし』だの『ござる』だのと口にしてしまう彼女の声にますます加速していく羽目になる















END

ちなみに北海道の訛りってかわいいと思う。最終兵器ちせちゃんで読んだけどなまらーとかしょや?とか可愛すぎる。

2022/1/9


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