刹那の奏法

□music09 圧倒させる音
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「金やん!連れてきたよ!」


舞台裏の扉を開けるなり、火原先輩がそう叫ぶ。

「静かにしろ、演奏中だ」

金澤先生はそう言いつつも、全員戻ってきたことに少しだけ安堵の表情を見せる。

私たちは乱れた息を整えながら、これからどうするかを考えていた。





music09 圧倒させる音





「心配したよ、珠葵……でも良かった。間に合ったね」

「だから言ったでしょ?大丈夫、って」


心配して駆け寄ってきてくれた湊にそう言う。

でも、本当に心配しなきゃいけないのは香穂の方だ。


「日野、次はお前さんだぞ」

「…先生、それが……―――」

「はぁ!?伴奏者がいない!?どういうことだよ」

「その……急に体調が悪くなったみたいで……」


……香穂のその言い方が庄司さんを庇っているように聞こえる。

さっきのこと、まだ気にしてるのかな……?


「今更代役って言ってもな……誰か伴奏出来そうな奴いないか?」


先生がみんなにそう問う。

当たり前だけど、まわりはざわめきだす。

そうこうしているうちに、梓馬が演奏を終えて舞台裏に戻ってきてしまった。


「日野さん?きみの番だよ?」


梓馬のその言葉に、香穂は黙り込んでしまった。

この状況下で……どうしたらいいんだろう?


「ねぇ珠葵、日野さんの演奏曲は?」


湊が小さめの声で私に問う。


「ショパンの別れの曲だよ」

「別れの曲!?弾いたことあるけど別れの曲じゃ伴奏出来る自信ないや……」


湊が肩を落として言う。


「…もし別れの曲じゃなかったら伴奏、引き受けるの?」

「当たり前でしょ?」


湊が不思議そうな表情を浮かべる。

…やっぱり湊は湊だね。

覚悟を決めて香穂の方を振り向くと、香穂はハイヒールを脱ぎ、ヴァイオリンを持って舞台に向かおうとしてた。


「香穂!私が香穂の伴奏するよ!」

「珠葵…?」

「別れの曲の伴奏なら出来るよ?だから……」

「ありがとう、珠葵」


私の申し出に、香穂はニッコリと微笑んだ。

てっきり承諾してくれたんだと思い、私も笑顔を浮かべた。

けど……


「でも、大丈夫だよ」

「……え?」


香穂は覚悟を決めた表情を浮かべ、裸足のまま、ひとり舞台にあがる。

香穂が出てきたことを確認したのか、アナウンスも流れる。


『演奏者5番、普通科2年2組 日野香穂子さん。ショパン作曲 別れの曲』

「香穂っ!」


香穂を追いかけようとしたけれど……金澤先生に手を掴まれてとめられてしまった。


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