刹那の奏法

□music10 甲夜の奏楽会
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「おはよー梁太郎」


待ち合わせの駅に行く途中で梁太郎の姿を見つけ、背中を叩きながら挨拶をする。

1セレが終わり、今度の休みはどうやって過ごそうかとぼんやり考えていた時、コンクール参加者全員で合宿をすると言われた。

そのため、今待ち合わせである駅へと向かっているというわけなのだ。

ちなみに、コンクール参加者は全員参加で例外は認められないらしい。





music10 甲夜の奏楽会 




「……はよ、珠葵」


私の挨拶に振り向いた梁太郎は、これでもかというくらいテンションが低くて。


「あら、テンション低いわね」

「……いきなりコンクールに参加させられた上に否応なしの3泊4日の合宿。そりゃテンションも低くなるさ」


はぁ、と梁太郎は大きな溜息をつきながらそう言う。

……梁太郎の言い分が理解できなくはないんだけど…


「梁太郎は合宿に行くの嫌なの?」

「そうじゃねぇけど……珠葵は楽しみなのか?」

「勿論!この連休はひとり寂しくヴァイオリン漬けの毎日かと思ってたからね。大勢で合宿なんて楽しみじゃない!」

「ひとり寂しく?有羽さんたちはまた海外公演か?」

「お母さんはヨーロッパでソロコンサート。お父さんは音大で特別講師やるんだってさ」

「へぇ……」


相変わらずだな、と付け足す梁太郎にそうみたいと返す私。

娘の私から見ても日々大変そうにしている。

本当に、自慢の両親だ。


「あ、そうだ。今更だけどいいの?コンクールに参加することにしちゃって」


今思いついたかもようにそういうと、梁太郎は言葉を濁しながら頭に手を当てる。


「…梁太郎?」

「しょうがないだろ?あの後金やんに交渉しに行ったけど決定事項だからもうどうしようもない、って言われたしな」

「まぁ…いいじゃん!香穂を助けられたし、舞台には戻れたし……一石二鳥じゃない?あ、もしかしてこれって香穂のおかげ?」


私がそう言った瞬間、何故かピタリと梁太郎の足が止まった。

それにつられ、私の足もピタリと止まる。


「……梁太郎?もしかして私、なにか無神経なことでも言っちゃった?」

「いや……あのな、珠葵。俺はお前がいたからアイツの伴奏をやってもいいと思ったんだぜ」

「……え?」

「お前が乗り越えてまたコンクールに参加しようと決意したんだから……俺もいつまでも囚われてちゃいけねぇ、って思ったんだ」


梁太郎が淡く微笑んでそう言う。

…お互いに、コンクールには散々な思い出がある。

でも、それを乗り越えようと思うことが出来たのは……


「…私だってひとりじゃ乗り越えられなかったよ」

「…珠葵?」

「確かにコンクールは望んだことじゃなかったよ。でもね、コンクールの参加者に選ばれたことで、きっかけが欲しかったことに気付いたの。梁太郎にだって何度励まされたことか……1セレでの2位。あれは梁太郎がいてくれなかったらなかったのよ」

「……あれはお前の実力だろ?」

「ほんと、梁太郎は素直じゃないね。とにかく、ありがとう。残りのセレクション、今度はお互いにライバルとして、頑張ろうね」

「……あぁ」


ライバルとして、か。

自分で言っといて難だけど何年ぶりだろう……こんな事言うの。

あの時以来、だよね。


「…そうだ。私、ひとつ決めたことがあるんだ」

「何だ?」

「次にお母さんがこっちに戻って来たら、あの時の彼に会いに行こうと思ってるの」

「あの時の彼って……あのコンクールのときのか?」

「そう。一度ちゃんとお礼言いたいの。あの時彼がいなかったら……今の私は絶対にヴァイオリンを続けていられなかったと思うから」


……あのコンクールでは、本当に彼に助けられた。

誰も助けてくれなかったら今、私は絶対にヴァイオリンを弾けていなかっただろう。

それほどまでに……あの時の彼の存在は私の中で大きい。


「……今度はちゃんとお礼、言ってこいよ」

「今度、は余計よ」


そんな話をしながら歩いていると、あっという間に待ち合わせの駅に着いた。

待ち合わせ場所である改札の近くまで行くと…そこには既に金澤先生がいた。

逆に言えばまだ金澤先生しかいない、だけど。


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