刹那の奏法
□music01 刻み出す時間
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私の時間は、確かにあの時に止まった。
止まった時間を動かしたいと思いはしたけれど、動かすことが出来なくて。
だけれど、その時間が少しずつ音を立てて動き出そうとしていることに、この時の私はまだ気が付いていなかった。
music01 刻み出す時間
「鐘が、鳴った……?」
予鈴が鳴り響いた少し後で、裏庭の鐘が鳴り響いた。
この鐘の音を聞いて、クラスのみんながざわめき出す。
なぜなら、この鐘が鳴り出すということが、数年に一度行われるという学内音楽コンクールが開始される合図なのだから。
まぁ、私たちをはじめとした普通科の面々には全く関係ない話なんだけれど。
「ねぇねぇ珠葵ちゃん、聞いて!」
キラキラ、と瞳を輝かせた美緒が私の方を向いてそう言う。
「…なに?」
美緒が口を開きかけた瞬間、突然教室のドアが開いた。
先生が入ってきたのかと思い、クラス中が一瞬静かになり、尚且つ視線をドアの方に向けると……
「…香穂?」
そこには、息を切らしている香穂の姿があった。
先生でなかったことに安堵し、またざわめき始めるクラスメイト。
香穂がこっちに向かって歩いてくる中、私はまた遅刻ギリギリだなーと、ぼんやりと思っていた。
「おはよ、香穂」
「おはよ…珠葵」
「……香穂?」
香穂の様子が少しおかしいように見え、問いかけようとした瞬間、私に向けていた美緒の視線が香穂に向いた。
「香穂ちゃんも聞いて!」
「…何を?」
「ヴァイオリンロマンスのこと!」
美緒のその言葉…ヴァイオリンロマンス、というよりヴァイオリンという言葉に思わず反応してしまう。
美緒の隣で直が「またその話?」と呆れたように言っていて、幸い私がヴァイオリンと言う言葉に反応してしまったのは誰にも気づかれていないらしい。
美緒の話によると、ヴァイオリンロマンスというのは、25年前にコンクール参加者同士が恋に落ちて、そのふたりがヴァイオリニストだったっていう話らしい。
そんな話があったんだな…なんて思っていると、毅然とした態度の先生が教室に入って来て、あっという間に授業が開始された。
「日野さん」
先生が香穂の名前を呼ぶけれど、当の香穂は聞こえていないらしく、頭を抱えて何かについて悩み込んでいるみたいだった。
「香穂」
小さな声で香穂の名前を呼ぶけど、全く気付いてもらえない。
「日野さ「気のせいに決まってる!」
ガタッと椅子を退け、香穂がいきよいよく立ち上がった。
その事実にクラス中からは笑いが起きる。
「…あとで職員室に来なさい」
「……はい」
先生はそれだけ言うと、授業を再開する。
……香穂、朝から少し様子がおかしいけど、大丈夫かな……?
クラスメイトが笑っている中、私はそんなことを思っていた。
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