刹那の奏法

□music11 懐旧の子守唄
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「あ、おはよー梁太郎、月森く………え?」


朝だというのに…今、私の横を通り過ぎて行った梁太郎と月森くんは凄く機嫌が悪そうだった。

え……なんでふたりともそんなに機嫌悪そうなの!?

そのままふたりは真っ直ぐ金澤先生のいる部屋に向かっていった。


「「部屋を変えてくれ(下さい)」」

「はぁ?」


……あ、やっぱり合わなかったんだ……ふたりとも。

そう思った瞬間……何故か、自然に笑みが零れていた。





music11 懐旧の子守唄





「ちょっと休憩しよーっ」


ヴァイオリンと弓をケースに置き、譜面台に置いてある楽譜を閉じた。

そしてイヤホンをつけて、傍の木に寄りかかった。


「ぶっつけで3時間……こんなに没頭したのは久々かもー…」


イヤホンから流れてるのは今練習してたサラサーテのカルメン幻想曲。

自分で弾くのも良いけど、原曲聞いてると落ち着くんだよねー…


「…さん……」

「ん…?」


今、誰かの声がした気がする……

イヤホンを外して前を見据えたけど……


「あれ…誰も居ない…?」


気のせい…じゃないと思ったんだけど……


「先輩」

「わぁぁっ!」


一瞬気が緩んでたとこにいきなり後ろから声をかけられて…不覚にも驚いてしまった。


「すみません…驚かせてしまいましたね」


そう呟きながら、木の陰からひょこっと志水くんが顔を出した。


「志水くん……?こっちこそごめんね、大声出して」

「いえ……」

「あ、隣座る?」

「はい」


失礼します、と呟いて志水くんが私の隣に座った。

手にはバッチリチェロを持っている。


「もしかして練習中だった?」

「はい、でも先輩の音が聴こえたので」

「あ…ごめんね、煩かった?」

「いえ、ただ変らないな……と思いまして」

「変らない?音が変化しないってこと?」

「そうじゃないんです。昔と同じ…優しい音だな、と」

「…昔?」

「……やっぱり覚えてないですか?…………珠葵、お姉さん」

「……え?」


……珠葵、お姉さん?

今志水くん、私のこと「珠葵お姉さん」って呼んだよね?

私がパニックになっていると、志水くんは二・三歩退がって……チェロを構えた。

そして…ある曲を奏で出した。

これは、ラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌ…?

…待って、待って、待って………

この曲、この旋律、どこかで……


―――珠葵……お姉さん。

―――じゃあ僕はこれを。

―――いつか、必ず。


頭の中で、いつかの記憶が呼び起こされる。


「……桂ちゃん……?」

「はい」


私がそう呟くと彼は弓を止めて、ニッコリと微笑んだ。


「志水くんが……あの時の桂ちゃん?…え?ほんとに……本当に?」


頭が一瞬真っ白になる。

え、だって、まさか……


必死で考え込んでいると、ニッコリと笑った志水くん……いや、桂ちゃんがゆっくりと口を開いた。


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