刹那の奏法

□music12 心惹かれた音
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―――これを使ってくれ。

―――でも、それじゃ……

―――諦めたく、ないだろ?

―――……うん。ありがとう、……くん………


…今、ノイズが入った……

私、今誰の名前を呼んだ…?

貴方は………誰?





music12 心惹かれた音





「……珠葵!」

「梁太郎……?」

「寝てたのか?」


木漏れ日が眩しい木の下。

太陽はもう昇りきっていて、目の前には少し呆れた表情の梁太郎。

どうやら休憩中にうっかり寝ちゃったらしい。

……じゃあさっきのは夢?

夢にしちゃ……リアルすぎない?

そして、どこか懐かしい気がするのは気のせい……?


「寝ちゃったみたい……」

「みたい、って……お前なぁ……」

「それより、どうかしたの?梁太郎。何か用事だった?」

「あぁ…そろそろ昼飯食べねぇか?って思ってさ」

「あ、食べるー…みんなもう集まってるの?」


ケースの上に乗せたままのヴァイオリンの弓を緩めながら、梁太郎に問いかける。


「火原先輩と柚木先輩にはさっき声かけてきた」

「2人だけ?月森くんと香穂と桂ちゃんと冬海ちゃんには?」

「……桂ちゃん?」


聞き慣れない呼び方だったのか、梁太郎が尋ね返した。

……そっか、そうだよね。

普通は聞き慣れないよね。

私だってつい昨日までは名字で呼んでたわけだし。


「志水くんのことよ。下の名前が桂一だから桂ちゃん」

「あぁ…そういうことか」


私がそう言うと梁太郎は納得してくれたみたいだった。


「……で?他の人たちは?」


私がそう問うと、梁太郎は少し考えてから……口を開いた。


「月森はもうダイニングにいる。日野と志水と冬海は金やんと富田さんと買出し」

「買出し?」

「あぁ。買出しついでにお土産を買いに行くんだと」


梁太郎がそういった瞬間、ピタリ、と弓を緩める手が止まった。


「……珠葵?」

「えーっ!ずるい!……じゃあ電話しなきゃ!」

「電話?」

「そう、電話!」


鞄から携帯電話を取り出して梁太郎の前に掲げると、梁太郎は一息ついてからくるり、と逆方向を向いた。


「…じゃあ俺は先に行ってるぞ?」

「うん!ちょっとしたら行くから!」


梁太郎に手を振りつつも、片手には携帯電話を持ち、慌てて香穂に電話をかけた。


『珠葵?どうかした?』

「香穂!今どこ?」

『今?お店でお土産見てるけど……』

「ほんと?良かったー…あのさ、悪いんだけど…何かよさそうなのを買って来てくれない?」

『お土産を、ってこと?』

「そう!せめて湊には買っていかなきゃマズイだろうからさ……」

『ふふ、珠葵らしいね。何でも良い?』

「うん!香穂に任せるから…お願い!」

『わかった。じゃあ買っていくね』

「ありがとう!」


合宿に来る前に、湊に軽井沢に合宿に行くって言っちゃったからね……

湊にだけは何か買っていかなきゃマズいでしょ。


「さて…行きますか!」


弓もヴァイオリンもケースにしまい、楽譜を閉じて譜面台を畳んだ。

そしてそれらを持ち…別荘に向かった。


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