刹那の奏法
□music17 大きな心の傷
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「準備は出来た?蓮」
「はい」
「じゃあ、行きましょうか」
俺も母も身支度を整え、俺はヴァイオリンケース手にし、家を出た。
music17 大きな心の傷
「あ、そうそう。蓮、今日のコンクールに珠葵ちゃんも出るんですって」
コンクールの会場に行く途中のタクシーの中で、母が思いついたように呟いた。
「……珠葵?」
聞き覚えのない名前に、俺は首をかしげた。
「有羽の娘さんよ。ほら、いつかジュニアコンクールを見に行ったでしょ?覚えてる?」
そういえば少し前(大分前かもしれないが)、母に連れられて海外のあるジュニアコンクールに行った。
なんでも丁度母のコンサートと、母の親友の娘が出るジュニアコンクールの日程が近かったから…ということらしい。
あのコンクール……聴いていて、正直こんなレベルか……と思った。
でも、彼女の音だけには思い切り惹かれた。圧倒させられた。
彼女の演奏を聴いてから、少しでも彼女に近づきたいと思った。
そしていつか、同じ舞台に立ちたいと思った。
そんな彼女と今日、同じ舞台に立てる……?
その事実に少しだけ嬉しくなり、同時に俺も負けないように演奏しようと心決めた。
会場に着くと、入り口付近に見慣れた人が立っていた。
紫彗晶さんと紫彗有羽さん。
ヴァイオリニストとピアニストとして世界中に名を馳せている、どちらもかなり有名な演奏家だ。
「遅くなってごめんね、有羽」
「いいわよ、気にしないで。あら、久しぶりね、蓮くん」
「お久しぶりです、有羽さん」
有羽さんはニッコリと微笑み俺の方を向いた。
有羽さんとは、母を通じて何度か会ったことがある。
「珠葵、美沙の息子さんの蓮くんよ」
有羽さんがそう言うと、有羽さんのうしろからひょっこりと、彼女が顔を出した。
「初めまして、蓮くん。紫彗珠葵です。今日はお互いに頑張ろうね」
彼女はそう言って、屈託のない笑顔で微笑んだ。
「……あぁ」
「そうだ、折角だし蓮くんと珠葵と一緒に写真を撮らない?」
「いいわね、そうしましょう」
母と有羽さんがそう呟き、何故かこんな入り口付近でケースから出したヴァイオリンを出した俺と彼女が一緒に写真に写ることになった。
数枚撮って満足したのか、俺たちはやっと控え室に行くことが出来た。
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