刹那の奏法
□music18.5 夕焼け色の海
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「ホントですか!?ありがとうございます!」
教室で思わず立ち上がり、普段よりトーンが高い声でそう答えた。
一緒にご飯を食べてた香穂たちはもちろん、クラス中が一瞬沈黙に包まれ、クラスメイトの視線が私に集中した。
それに恥ずかしくなって、私は慌てて椅子に座った。
また教室がざわめき始め、私は「今日行きます」と告げてから電話を切った。
music18.5 夕焼け色の海
「やったーっ」
いつもよりテンション2割増しな私は、そんなことを呟きながら普通科と音楽科を繋ぐ廊下を駆けていた。
香穂たちとのんびりお昼を食べていると、突然携帯電話が鳴り響いた。
メールかな?と思い携帯を取り出すとディスプレイに表示されたのは知らない電話番号。
まさかと思い慌てて電話に出ると、電話の向こうから聞こえたのは中田さんの声で、内容はヴァイオリンの修理が完了したとのこと。
それで、あまりの嬉しさについ声のトーンが高くなってしまったと言うわけだ。
そして食べかけのお弁当をしまい、ある人に会うために音楽科へ急いでいる。
目当ての場所に着き、息を整えながら少し開かれた扉からお目当ての人物を探した。
「あれ……珠葵?」
「湊!」
入り口付近でご飯を食べてた湊が早々に私に気づき、私の方に駆け寄って来てくれる。
「どうしたの?何か用事だった?」
「えっとね……蓮くんいる?」
「蓮……?あぁ、月森くんか」
湊はそう呟くとくるりと振り向き、教室を見回した。
「ちょっと待ってて」
蓮くんが見つからなかったのか、湊は誰かのところに行ってその人と一言二言交わし、こっちに戻ってきた。
「月森くん、今練習室だってさ」
「そっか……」
つい嬉しくて蓮くんの都合を考えるのをすっかり忘れてた。
練習熱心の蓮くんだもん。
きっとお昼だけじゃなくて放課後も練習だよね……
冷静に考えればわかるのに……
私、よっぽど浮かれてたんだな…と改めて思った。
「珠葵がそんなに慌てるなんてよっぽどのことだったんでしょ?何かあったの?」
「あのね、修理に出してたヴァイオリンが直ったってさっき電話が!」
私がそう言うと、一瞬湊の目の色が変わった。
「良かったじゃん!これでまた前みたいに練習できるね!」
「うん!」
ヴァイオリンを修理している間はお母さんに予備のヴァイオリンを借りてたからなんか気兼ねなく練習できなくて……
これで以前みたいに練習できるかと思うと嬉しかった。
「それで?なんで月森くんを探してたわけ?」
「今回ヴァイオリンを直してくれた職人さんを紹介してくれたのが蓮くんでね、工房への行き方がちょっと複雑だったから一緒に来てもらおうかと思ったんだけど……」
「……思ったんだけど?」
「思ったんだけど……セレクション前だし、きっと蓮くんも自分の練習あるだろうし巻き込んじゃいけないよね…」
そうだよ、私の勝手な都合で蓮くんの練習時間を貰っちゃいけないよ。
蓮くんのことだからきっと私がお願いすれば一緒に来てくれるんだろうけど……
「珠葵の言い分はわかったけど……大丈夫なの?ひとりで」
「うん、多分大丈夫だと思う。あ、湊。このことは蓮くんには黙っててね」
「どうしてよ……一緒に来てもらえばいいじゃない。月森くんは嫌だとは言わないと思うけど…」
「うん……でも迷惑かけたくないの」
ね、と言うと湊は納得してない表情を浮かべてたけど渋々わかったと言ってくれた。
この前言ったときになんとなく駅名と路線と景色は覚えたから……大丈夫、なんとかなる。
「それで?いつ行くの?」
「もちろん今日授業が終わったらすぐに!」
「……私は一緒に行ってあげられないけど気をつけてね」
「大丈夫だって。あ、明日時間ある?時間あるなら合わせようよ!」
「わかった。練習しとくわ」
「ありがとー」
そんな会話をしてると予鈴が鳴り、湊に別れを告げて慌てて教室に戻った。
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