刹那の奏法
□music19 邂逅の追想曲
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「……え?婚約式?」
ふわりと優しく風が吹き、私の髪を靡かせた。
私は今、携帯電話を片手に、ひとり屋上にいる。
まわりには誰もいないせいか、私の声が少しだけ響いた。
「梓馬が……私と?」
少し驚いて言うと、電話の向こうから聞こえたのは柔らかな声音と、肯定の言葉。
私は小さくため息をついてから、口を開いた。
「わかった……これから梓馬に聞いてみるね。うん。それじゃあ、またね」
電話を切り、彼に電話をかけようと携帯電話に目を落した瞬間……入口の方からカタン、と音が聞こえた気がした。
「……気のせい、かな?」
振り向いても誰もいなかったので、気のせいだと思い直し、彼に電話をかけた。
……少なくてもこのときは、後であんなことになるなんて少しも思っていなかった。
music19 邂逅の追想曲
「梓馬!」
校門を出て少ししたあたりで、よく見かける…わけでもないけど、それなりに見かけている車を見つけ、駆け寄った。
「遅かったね、珠葵」
「ごめんね、ちょっと時間がかかっちゃって…」
「俺もそれほど待ってないさ。さ、乗って」
「うん、ありがとう!」
梓馬がさりげなくドアを開けてくれたので、そのまま車に乗り込んだ。
梓馬も私の隣に座り、扉を閉めてくれた運転手さんが運転席に座ったあとゆっくりと車が発車された。
「ごめんね、梓馬。無理言っちゃって……」
「構わないさ。それより時間もないんだ。今のうちに準備しておいた方がいい」
「そう、よね……」
はぁ、と軽くため息をついた。
これからのことを考えると…本当に頭が痛い。
「どうしたんだい?ため息なんてついて」
「……ため息くらいつきたくなるわよ。今回のこの婚約式のことだってあるし……それに、セレクションまであまり日もないし…」
「そういえばもうテーマも発表されたしな……演奏曲は決まったのか?」
「決まってたらこんなに悩んでないって。そういう梓馬はどうなの?」
「………さぁ」
「さぁ、って……」
梓馬を見据えるけど、梓馬は作り笑顔で微笑んでいたので、これ以上何を言っても答えてくれないな、と思い口を噤んだ。
「第3セレクションのテーマ……「失われしもの」、か…」
少し前に発表された、第3セレクションのテーマ……
毎回のことだけど、抽象的すぎるから……とにかく選曲に時間がかかる。
少しでも早く曲を決めて練習に入りたいけど……
「ほら、着いたよ。珠葵」
梓馬に声を掛けられて顔をあげると、目の前には見慣れた家。
「もう着いたんだ。早いね…」
「何を言っているんだい?早く取っておいで」
「うん!」
梓馬にそう返事をするのと、運転手さんがドアを開けてくれたのはほぼ同時で。
「何着か持ってくるから待っててね」
それだけ言い残すと、家へと足を踏み入れた。
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