刹那の奏法
□music23 大好きな楽器
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「バイバイ、珠葵」
この数日間で、変わったことがある。
「うん、また明日ね」
そう言う私の手元には、ヴァイオリンケースがあり、
「うん、また明日」
そう答えた香穂の手元には、ヴァイオリンケースがない。
これが、3セレが終わって変わったこと。
music23 大好きな楽器
第3セレクションから、3日が経った。
あれから、香穂が学校にヴァイオリンを持ってくることは一度もなかった。
放課後は毎日美緒と直と遊んでいるみたいで、美緒と直も心配していたけど…香穂が何も言ってこないから、私も何も聞かない。
その代わり、何か相談されたら全力で相談に乗ろうと、そう決めていた。
「ごめんね、遅くなった」
「ううん、大丈夫だよ」
湊が練習室に入ってきて、そこではっと我に返った。
最終セレクションのテーマがまだ発表されないから1曲はまだ決められないけど、他の2曲についてはお父さんに楽譜を貰った。
1曲はブラームスのハンガリー舞曲第6番。これはお母さんが伴奏、お父さんがファースト、私がセカンドパートを務める、チャリティーコンサート唯一の家族でのピアノとヴァイオリンのトリオをすると決まったみたい。
もう1曲はパッフェルベルのカノン。伴奏者は?って聞いたら、一瞬間を開けて「湊ちゃんに頼めるかな?」と言ったから、湊に頼んだら二つ返事で引き受けてくれた。
だから、今日からこの2曲の練習に入るために、放課後に練習室に集まっていた。
普段の練習ではハンガリー舞曲の方も付き合ってくれるみたいで、本当に感謝してる。
「それにしても、ハンガリー舞曲はわかるんだけど、もう1曲はカノンとはね……晶さん、何か考えでもあるのかな?」
「それは私も思ったんだよね。トリオやるならハンガリー舞曲よりもカノンの方が向いてると思うんだけど……」
曲を聞いたとき、「カノンじゃないの?」って聞いたらお父さんは「ハンガリー舞曲の方で間違ってないよ」って言ってたから、何か考えはあるんだろうけど……
「まぁ、どっちの曲もそんなに難しくないし、4セレの曲の練習に入る前にある程度まで仕上げておこう」
湊がそう言いながらピアノの前に腰かけた。
「本当にありがとうね、湊」
「今更何言ってるのよ。あ、でもその代わりに学内コンクールとチャリティコンサートが終わった後を楽しみにしてるよ」
「ふふ、任せて!私のお勧めのケーキ屋さんを紹介するから」
そんなことをいいながらふたりで笑いあう。
「珠葵、どっちから練習したい?」
「それじゃ、カノンからで」
「オーケー」
私も湊も一瞬で気持ちを入れ替え、曲を奏で始めた。
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