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□午後20時の、接吻
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「付き合ってくれてありがとね、桐也」
「……別に。俺も欲しいものがあっただけだし」
ふわり、と私の中では最上級クラスの笑顔を向けて桐也にそう言うと、桐也はふと私から視線をずらし、そう口にした。
素直じゃないな……なんて思いながらも、隣にいる桐也を見据えた。
「……なんだよ」
「なんでもない」
そう言い軽く笑みを浮かべると、また桐也が視線をずらした。
「ふふ、でも今日は本当にいい買い物しちゃったなー」
「そうか?」
「そうだよ!欲しかった楽譜手に入ったし……これも桐也がいいお店紹介してくれたおかげだね!」
今日は1日桐也に練習に付き合ってもらうつもりだったんだけど、途中で私が欲しい楽譜がある、って言ったら桐也が行きつけのお店に連れて行ってくれたんだ。
欲しい楽譜は全部揃ってたし、雰囲気は良かったし、いい商品揃ってたし、いいお店に連れて行ってもらえて良かった!
「店くらいいつでも付き合ってやるよ」
「ありがとう。桐也は優しいね」
「んなことねーよ」
私がそういった瞬間、ふと顔を背ける桐也。
周りが大分暗いからよくわからないけれど、頬が少し赤みを帯びているのはきっと気のせいではないはずだ。
「……もう、8時か…」
ポツリ、と桐也がそう呟き、腕にはめている時計を見ると、確かにもう8時近かった。
「どうりで大分暗いわけだわ」
「それで?この後どうする?」
「この後?」
「そ、この後」
桐也は、表情からしてこの後もまだどこかへ行く気なんだろうか?
「桐也、今の時間わかってる?」
「今時計見たばっかりだから当たり前」
「もう8時、だよ?」
「……だから?」
「だから、って……もう8時になるんだから家に帰らなきゃ」
私がそう言った瞬間、桐也の表情が一瞬だけ歪んだのを、私は見逃さなかった。
「なんだよ…俺といるよりも家に帰りたいのか?」
「そうじゃないけど……ほら、もう暗いじゃない?それに学生はもう家に帰る時間だって」
「……お前だってまだ学生だろ?」
「だって私はもう高校…っ」
そこまでいいかけて、慌てて右手で口を塞いだ。
恐る恐る桐也を見ると、案の定複雑な表情をしていた。
……やっちゃった…………
年のこと、桐也は少し気にしてたみたいだからそのことには触れないでいようと思ってたのに……
どうしよう…桐也の方を見ることができない。
顔も上げられずに俯いている私。
そんな状態で、聞こえた声。
「つまり、お前は年上のおねーさんの言うことは聞け、って言いたいんだろ?」
さっきより1オクターブくらい低い声。
「違っ…」
そんなことを言いたかったわけじゃない。
とにかく、何か言わなきゃ、と思い顔をあげると目の前には桐也の顔。
一瞬思考が停止し、顔をあげた瞬間に桐也にキスされたのだと理解するのに少し時間がかかった。
そして、やっと状況を理解したころには目の前で桐也がしてやったりみたいな表情をしていた。
「き、きり……」
「確かに俺はお前より年下だけどさ……もう子供でもないんだぜ?」
そう言いながら、最上級の笑顔を浮かべる桐也。
あーもう……完全に、私の負けだ。
でも、このままじゃ悔しい。
「桐也なんか知らないっ」
そう言い、くるりと逆方向に振り返る。
「お、おい…」
焦って私の正面に回り込んできた桐也に、今度は私が不意打ちで口付けをする。
「やられっぱなしってのは好きじゃないんだもん」
目の前で少し驚いていた桐也に、悪戯な笑顔を浮かべ、そう言い放った。
午後20時の、接吻
(ね、この後どこ行く?)
(子供はもう帰る時間なんだろ?)
(そんなこと言ってないじゃない……)
(とりあえずどこか行こうぜ)
(うん!)
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