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□午後13時の、事情
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「今日もいい天気ー」
太陽が眩しいくらい照りつけている太陽の下で、思い切り背伸びをし、ベンチに腰かけた。
そしてその瞬間、午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
チャイムが鳴ったその数秒後、ドアの開く音がして、振り向くとそこには待ちわびていた人がいた。
「いらっしゃい、柚木先輩」
待ちわびていたその人、柚木先輩を見つけた私は、ベンチに座ったまま(私的には)最上級の笑顔を向け、軽く手を振る。
そんな私を視界にとらえたのか、柚木先輩は今までの澄ましていた表情を少し変え、不敵な笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、って……ここはいつからお前の屋上になったのかな?」
「細かいことはいいじゃないですか。今日はこんなにいいお天気なんですから!」
「そうだな。お前の頭のように、な」
「ちょ…それってどういう意味ですか!?」
「冗談だよ。冗談」
クスリ、と笑いながらも私の隣まで歩み寄り、私の隣に座った柚木先輩。
さっき言われたことに対しささやかな反抗を試みてそっぽを向く私。
少しの間ふたりの間に沈黙が流れたけれど。
「本当に可愛いな。お前は」
ポン、と私の頭に不意に置かれた手。
「せ、先輩っ」
慌てて先輩の方に振り返ると、ふわりと柔らかな笑顔を向けた先輩と目が合った。
「お前、顔真っ赤だぞ?」
「ほ、ほっといてくださいっ!」
私のこの慌てぶりにかまたクスクスと笑いだす先輩。
もう、この人は……
「それより、授業サボって大丈夫なのか?」
「愚問ですよ、今更」
「そうだな、今更だな」
「はい。柚木先輩こそ大丈夫なんですか?」
「俺にそれを聞くのか?」
「いえ、なんでもないです」
もう、午後最初の授業が始まってどれくらい経つだろうか……
始まりはあの日……私が初めて屋上で授業をサボった日だった。
友達と喧嘩して、何もかもやる気が起きなくて……
そんなときだった、柚木先輩に会ったのは。
―――……どうかしたのかい?
どうして授業中の今ここに?なんて野暮なことは聞かなかったけど、社交辞令で心配してくれた先輩に胸の内を曝け出してしまったのは事実で。
そして、あの日あの時の私と同じような瞳をしていた先輩に惹かれてしまったのも事実で。
学内で有名だった先輩。
特別興味もなくて、今まで何の関わりもなかったのに、先輩が気になるきっかけになってしまったのは間違いなくこの時で。
「不思議、ですよね」
「……何が?」
「今ここに私と柚木先輩がこうして一緒にいることが、です」
あの出来事があっても、ただすれ違うだけだった私たち。
ふと、あの日と同じような空をした同じ曜日、同じ時間にまた屋上で授業をサボっていたらあの日と同じように表れたのは先輩で。
それから月に2回くらい、こうして午後最初の授業をサボって、私にとっては有意義な時間を送っている。
「……そう、だな」
私が呟いた言葉に、そう返した先輩。
先輩が空を見据えている瞳はあのときとは違うけれど、あの日と同じように惹かれるのはやっぱり変わらない事実で。
「……時間だ」
いつも身につけている懐中時計で今の時間を確認した先輩はそう呟き、そっと立ち上がった。
「どこか行かれるんですか?」
「あぁ。今日これから実技の試験があるからな」
「え……それなのにこんなとこに来て良かったんですか?」
「俺には楽勝な課題だったし、自分の順番までは自主練習だったからな」
「そうですか……頑張ってくださいね」
笑顔でそう言うと、先輩は一瞬笑顔を浮かべ、すぐ私に背を向けドアの方へと向かった。
「また、な」
呟くように言った言葉。
「はい。また」
私の心を潤わせるのに、そのひとことは十分で。
「また、か……ふふ、楽しみだな」
空に向かい、少しだけ微笑んで見せた。
午後13時の、事情
(どんなに短い時間でもここに来てくれた、優しい先輩)
(私のためだと、自惚れてもいいのかな?)
(でももう少し、こんな曖昧な関係でいるのも悪くはないのかもしれないな……)
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