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□午前6時の、思案
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早朝の、鳥のさえずりが聞こえるか否かのこの空間に聞こえるのは、リズミカルな、テニスボールがラケットと壁に当たる音。
私は乱れた息を整えながら壁打ちをしているであろう人を見据える。
真剣な眼差しで壁打ちに打ち込む彼。
そんな彼に、私は一瞬で惹かれた。
毎朝早く起きて、決まった時間にロードワークに出かける。
それには理由があって、どんなに辛くてもロードワークに出かけるのは、ある人に会いたいからだ。
ロードワーク中に通る公園で、その人はいつもテニスの練習をしている。
たまに誰かとラリーをしていることがあるけれど、たいていはひとりで壁打ちをしている。
初めて彼がこの公園でひとりで壁打ちをしているところを見た日……私が彼に惹かれたあの日から約1ヶ月間、殆ど毎日彼は同じ時間にこの公園で練習をしていた。
私も、最初は続かないと思っていたロードワークがこんなにも続いているのは彼のおかげでもあるんだけど。
「今日はいないのかな……残念」
少しだけ彼を見ていたくて、ほぼ中間地点であるこの公園で少し休憩することにして、毎日この公園に寄っていた。
今日は彼の姿が見えないけど、いつもは休憩しているベンチから丁度彼の姿が見えて……その少しの間だけでも彼を見ることができて、私は十分幸せだ。
名前も、どこの学校に通っているのかも知らないけど、彼の姿を見られる。
今は、それだけで十分だ。
ベンチから立ち上がり、思い切り背伸びをする。
「さて、行きますか」
軽くストレッチをして公園を出ようとした瞬間……足元に何かが当たったのが分かった。
ふと足元を見ると、そこにはテニスボール。
「テニスボール?」
おもむろにテニスボールを拾う。
すると、向こうの方から誰かがこっちに向かって駆けてくるのがわかった。
「え……」
こっちに駆けてきたのは、今日はいないと思っていたあの人で。
「悪いな……こっちにボール転がって来うへんかったか?」
「あ、えと…これ、ですよね?」
そう言いながら、さっき手に取ったテニスボールを彼に渡す。
「せや。おおきに、な」
ボールを手渡すと、彼は淡い笑みを浮かべ、私を見据える。
今、私絶対真っ赤だ!
「いえ…」
脈がどんどん速くなっていくのが分かる。
このままじゃ心臓持たない!
そう思った私はくるりと振り向き、走り去ろうとした。
でも、その瞬間。
「……え?」
彼に、右手を掴まれた。
吃驚して彼の方を振り向くと、彼も気まずそうに目を伏せた。
「……名前」
「え…」
「いや、なんでもあらへん」
彼はそう言いながら、ぱっと掴んだ私の右手を解放する。
そして、私たちの間に沈黙が流れる。
……頭がパンクしそう。
何か喋らなきゃ、と思いながらふと彼の左手を見ると、左手には包帯が巻かれていて。
「あの、左手…怪我したんですか?」
「これ?これは怪我やなくて……」
彼がそう呟いた瞬間、遠くから聞いたことのあるような声が聞こえた。
「白石ー…あ、見つけたで!白石!」
白石、というのは彼の名前なんだろうか……
彼の名前を呼びながら、女の子がこっちに向かって駆けて来た。
「ボール探しに行くんに何分かかって……あれ?なんでこんなとこにおるん?」
「え、あ……おはよう」
「おはよう」
白石、と呼んでいた女の子はクラスで一番仲の良い子で。
……そういえば彼女、テニス部のマネージャーやってるって言ってたような……
ってことは、彼はもしかして同じ学校で、同じ年!?
彼は彼女に何かを耳打ちすると、彼女は「貸しやで」と言いながら、来た道を戻って行った。
なにがなんだかわからず、頭をフル回転させている私に、彼は私の方を振り向き、淡い笑顔を向けた。
その笑顔に、頬が赤くなるのが分かった。
午前6時の、思案
(えっと…俺の名前、白石蔵ノ介っちゅうんや。よろしゅうな)
(え、あ…はい。こちらこそよろしくお願いします)
(……名前、教えてもらってもええか?)
(もちろんです!私は……)
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