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□午後16時の、決意
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それは、特に用事もなく部屋でのんびりしている午後のことだった。

携帯が、メールを受信したことをあらわすメロディを奏でる。

誰かな、と思いながらディスプレイを見た瞬間…ドキリと心臓が高鳴った。

慌ててメールを開くと、そこに表示された文章はたったひとこと。


「電話してもいい?…か」


遂に来てしまったのか……この日が。

3回深呼吸をしてから、たったひとこと「どうぞ」と返す。

携帯を握りしめたまま、頭の中で思い出したのは楽しかった頃の記憶。

…幸せ、だった頃の記憶。

メールを返してから、電話がかかって来るまでは1分だったような気もするし、1時間だったような気もする。

ディスプレイに表示された名前を確認してから…意を決して通話ボタンを押す。


「……もしもし」

「…久しぶり」

「うん、久しぶり」


ぎこちない会話。

それは、私たちの関係を表しているようで。


「元気、だった?」

「それなりには」

「そっか。あ、結果はどうだった?」

「一応、第一志望に受かった」

「良かったね!おめでとう」

「うん…ありがとう」


大学の1年目を終えたばかりの私と、高校を卒業したばかりの彼。

高校に在学中に付き合いだした私たちは、私が卒業しても付き合いを続けてきた。

春、お互いに忙しい時間の合間を縫って、結構デートした。

夏、会う時間が少なくなっても、メールはたくさんしていた。

秋、お互いに忙しくなってきて、メールも減って……

冬、まともに連絡すら取らなくなった。

そして、季節が巡って春に近づいた今。

この電話で凄く久しぶりに彼と話した。


「それで」


お互いに黙っていると、先に口を開いたのは彼の方で。


「……うん」

「俺、アメリカに行くことにした」

「アメ、リカ…?」


予想外の言葉に、戸惑いを覚える。


「うん、アメリカ」

「…そっかぁ」

「日本には…多分、戻って来ない」


わかったよ、わかっちゃったよ。

予想通りだけど、この後なんて言われるか……わかった。


「だから、別れよう」


彼の言葉が、ずしりと胸に響く。

わかっていたよ、あのメールの時点から……別れ話だってことくらい。

……わかってた。


「……うん」


メールの回数が少なくなったときから、何かと理由をつけて私は彼の心配よりも自分の心配ばっかりしていた。

冬の頃はレポートの提出日に追われるというのを理由にして、センター試験で大変な時期の彼に何一つ声をかけなかったのは……わたし。


「なんとなく、わかってたよ」

「……ごめん」


嫌いになったわけじゃない、と呟く彼に、それもわかってると返す。


「今の俺には待っててなんて言える権利…ないし」

「私も、待ってるとは……言えない、よ」


あなたを好きでいる自信がないと言っているわけではない。

ただ、さみしさに負けてしまう気がするの。

連絡を取り合う回数が少なくなったあの秋のように。

ましてや、今度は遠すぎる距離。

きっと、彼が考えていることも同じのような気がする。

似ている私たちは、どうもこういうことは不器用で。


「今まで、ありがとう」


楽しい思い出を、ありがとう。

そう呟くと、電話の向こうの彼は一瞬はっとしてから、いつも通りの口調で言葉を返す。


「こっちこそ、ありがとう」

「楽しかったよ。幸せ、だったよ」

「俺も。幸せだったよ」

「元気でね。……リョーマ」

「そっちも、ね」

「うん。………バイバイ」


そこで、電話を切ったのは……私。

頬を伝うのは、一筋の涙。

最後に彼の名前を呼んだのは……私の精一杯の強がり。

ねぇ、リョーマ。最後のあの言葉、信じていいんだよね。

お互いに一緒にいる未来を信じてたあの頃の私たちは確かに幸せだったと、思っていいんだよね。 

携帯電話を握りしめたまま、私は静かに涙を流した。





午後16時の、決意

(もしも、また偶然出会うことができたなら)
(もしも、また日本に戻って来てきみに出会えたら)
((今度は、絶対に手を離さない))






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