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□午前7時の、我慢
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午前7時、私の1日の苦悩はここから始まる。

2回深呼吸してから、目の前の扉をコンコンと2回ノックする。


「おはようございます、ベル様」


扉の外、つまり廊下側であるここから声をかけるけれど、反応はない。

ここは、まだ起きていらっしゃらないと考えるのが普通だけれど、過去数回にわたるあの出来事について考えると、ここは起きているけれどあえて返事をしないと考えるのが普通。

あぁ、私どうしてこんなにベル様に感化されているのかしら。

……なんて、考えても仕方ないのだけれど。


「入らせて頂きますよ、ベル様」


恐る恐るドアを開けると、室内の窓にはまだカーテンがひかれたまま。

一歩踏み入れるけれど、今日は何も起こらないのでそこでほっと一息つく。

前々回は部屋に踏み入れた瞬間トラップが発動したのよね。

真っ先に窓へと向かい、カーテンを開ける。

眩しいほどの朝日が入り込み、部屋が一瞬にして明るくなる。


「ベル様、お時間ですよ」


カーテンを左右で留めながら、そう言い放つ。

だけれど、ベル様からの返事はない。


「……ベル様」


おかしい。おかしすぎる。

普通ならここで「眩しい」のひとことが返ってきてもおかしくないのに。

ちょっと疑問に思い、腕にはめた時計で時間を見る。

短針は7をさしていて、長針は1と2の間にある。

昨日7時に起こしてと言われたので、時間は間違っていない。

一瞬ベッドの方へ向かうのは躊躇ったが、ここで起こさないと後で何を言われるか。

ベッドへ向かって良くないことも起きたけれど、恐れ多くて起こさなかったときの方が後々大変だったのだから、ここは是が非でも起こさなくては。


「失礼いたします、ベル様」


ベル様のベッドは天蓋付きベッドだから、ベッドのまわりを覆っているレースを軽く寄せる…というよりは完全に四方向でカーテンと同じ要領で纏める。

そこでベッドの方を振り向くと、予想に反して規則正しい寝息をたてているベル様がいる。


「本当に、寝ていらしたのね」


驚き半分、呆れ半分というところだろうか。

今日は大事な任務だと言っていたのに。

体を揺すって起こそうとベル様に手を伸ばした瞬間……逆に、思い切り手を掴まれて凄い力で引っ張られた。


「きゃぁっ」


そんなことを全く予想もしていなかったので、体勢が崩れるのは当たり前。

この状況で体勢が崩れないという素晴らしい方はきっと幹部の方々のみだろう。


「おはよう、メイドちゃん」


ちなみに、ベル様は私のことだけではなくこのお屋敷で働いているメイド全てを「メイドちゃん」と呼んでいる。

余計な情報かもしれないけれど。


「おはようございます、ベル様」


ニッコリ(というよりはニヤリの方がより正しい表現かもしれない)と笑うベル様に対し、ひきつった笑顔を浮かべる私。

今までベル様を起こしに来てから初めてまともに終えられるかと思った数秒前の私に油断大敵という言葉を教えてあげたい。


「お時間です。離してください。起きていないふりはやめてください」

「つれないなぁ、メイドちゃん」

「それで結構なので離してください。そしてご準備をなさってください」

「相変わらず饒舌だね」

「お褒めの言葉として受け取らせていただきます」


ベル様との会話で饒舌にならなきゃ、揚げ足を取られるだけだもの。


「しょうがないなぁ」


ふっとベル様の手が離れ、ベッドから立ち上がろうとした瞬間に頬に柔らかい感触。


「……ふぇ?」


目の前にはやっぱりニヤリと笑うベル様。

頬にキスされたのだと気づくのにさほど時間はかからなくて。


「ベ、ベルさまっ!」

「メイドちゃん、無防備すぎだよ」


真っ赤な顔でそう言う私に、釘を刺すベル様。

その意味がわからずに首をかしげていると、ベル様がため息をつく。

……ため息をつきたいのは私の方なんだけれど。


「一メイドであるメイドちゃんをいつも指名している意味、考えたことある?」


一メイドである私を、いつもベル様が自分を起こす役として指名している、意味?

……え?それは、つまり…

問おうと顔をあげた瞬間、そこにいるはずのベル様の姿はなく、パタンと扉が閉じる音がする。


「ベル様っ」


慌ててベッドから立ち上がり、長いメイド服の裾を持ち上げ、ベル様を追う。

……ねぇ、ベル様。今の言葉、特別な言葉だと受け取ってもいいのですか?




午前7時の、我慢

(あれ?いない………あ、ねぇ、ベル様は?)
(ベル様?ベル様ならもう出発なされたわよ)
(え…早っ!……ベル様、酷いです。ベル様が長期任務を終えて戻って来るまで、あの言葉の意味を考えてろということですか……)





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