□第四環
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 肌に貼り付くシャツを脱ぎベッドから抜け出る間、ぼんやりと思案する。
繰り返し見る過去の忌まわしい記憶は日照よりも早く彼を苛み、眠りを奪う。
それがまるでクロエが生きていた頃の様に、寝過したのはいつ以来だろうか。

「しかし、よりによって今朝か…」

 元々この街に長居をする予定では無かったが、こうも慌ただしく出る事になるとは思わなかったとアストライアは誰にとも無く不満を漏らす。
洗濯され丁寧にたたまれた着替えを羽織り、薄暗い部屋で窓際に寄り沿い街外を眺めた。

 澄み切った空の許、一面灰色の街路。道行く人々は昨日と何一つ変わらない。
彼等の生活リズムは時計の様に正確で冷淡。すれ違っても誰一人挨拶を交わす事無く、手に書物を抱え同じ道を競って歩く。
各王国が口をそろえて関わりを絶ち、侵略国でさえ手を出さない彼等の理由が解る気がした。

 善悪の概念が人の世とは違う。加えて高度な技術と徹底した秘密主義。
自分と自分に利益な人間以外眼中に無い。
知識と探求と成果こそが全て。
惑星の地軸に伸びると言われる膨大な地底階層には人類の想像もつかない兵器が眠っている。
 そんな噂を一蹴出来ずとも不思議は無い。
敵にさえ成らなければ触れない方が得策なのだ。
それが一夜にして得た彼の見解だった。

「お早う御座います、アストライア殿。―ヴィヴィアンヴァルツは?」

 出発の身支度を済ませ、部屋を後にし、宿から外に出ると昨日出会った騎士団長が礼儀正しく頭を下げる。自分の様な民間の中から募って結成される使い捨ての騎士と違い、高い教養の感じられる仕草は王宮に置かれた近衛だろう。
 色素の薄い肌と髪質をした、上品な顔立ちの青年はユースティティアと名乗った。
「これから迎えに行く処だ、直ぐに出発させる」
「ええ、急を要します」

 アストライアの呼びかけに、ユースティティアが頷く。
騎士の顔色が昨夜より曇っているのは気のせいだけではなさそうだ。

 国王、王妃の暗殺。
それだけでも国にとって大きな損失だが彼が急くのは未遂で終わった王子の命。
ヴィヴィアンが犯人でないのなら、真犯人は今も王国に潜伏し再び機会を窺っている事になる。
 騎士はそれが心配でならないのだと心痛な面持ちで正面を見据えた。
そしてアストライアにはもう一つ解せない事があった。

 一体、誰が近衛兵の一団をわざわざ遠征に出したのか。
王宮の警備は手薄になっている筈。偽の犯人を追わせ、暗殺をより容易くしているとしたら…。
(これはただの犯人探しで終わらないかもしれないな…)
 いつから自分はこうも陰謀事に鋭くなったのか。
胸に沸く不安を余所に身に潜む焔は新たな獲物の予感に皮膚の下を蠢く。

 力の籠る右腕を抑え、隣を歩く青年に気づかれぬ様身を逸らすと表通りの向こう、真っ直ぐ伸びた道の先に文殿と学院が視界の前に広がる。
 ヴィヴィアンヴァルツはこの中に居るのだと、手で指し示すとユースティティアは驚きに目を見張った。
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