四宮噺

□皇君白雪
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 まだ秋だと云うのに。

 気象の歪みか、それとも冬の使者が先走って嵐を落としたのか。
四宮帝都は稀に見る豪雪であった。

 陰鬱な雪は1日に留まらず、悶々と城で過ごすのは西宮や黄龍、黄龍に逢えない北宮は勿論。
南宮もその1人。彼女は自身の社で退屈そうに欠伸をかみ殺す。
「いつまでも降るのじゃ…」

 家に閉じこもり、再び青空を願い乞う日々。
雪自体は嫌いではない、儚く美しいとさえ思うが何事にも限度がある。
 この寒さにも元気でいられるのは唯1人、氷雪を司る亟光くらいだった。
 彼…否、彼女は。身に降りかかる雪を被る直前で氷の粒に変え、宝石の様にキラキラと自身の背景に換える。

そうして雪女郎よろしく南宮邸を訪ねると蟷螂はホホホと哄笑した。
「あ〜ら、酷い着膨れ!
外に出て冷たく澄んだ空気をお吸いなさいな、心が洗われてましてよ」

「…妾の心は洗うほど黒くはないのでな…」
「何ですって!」
 亟光はキィ!と袖口を噛む。
それから黒い手袋を脱ぎ捨て、腕を鎌状に変え、くったりと炉に当たる南宮に突きつけた。

「また氷柱になりたい様ね!?」
「笑止じゃ!二度も同じ手に…」 今度は容赦しない、とばかりに南宮の纏う風が熱を帯びる。
氷と炎の相殺。
冷気と湯気をあげて南宮邸の庭から積もった雪が円を描いて溶けてゆく…―と。

―ごとり。

 溶け出した雪の中から青白い人間の腕が地面に落ちた。
『!?』
 睨み合う二人はしばらくお互い顔を見合わせるがやがてはた、と気づく。

 窒息しては一大事。

 駆け寄り雪に埋もれた本体を掘り起こす。
柔らかな雪を掻いて現れた物は…尚も降り続ける白い花弁を一身に受け、仰向けに倒れる青年だった。

 白銀の髪と白い肌。
桜色の唇と爪は美しく、睫毛が時折苦悶に震える。
身体の線を強調した機動性重視の服装はこの帝都の者ではない。

「傭兵…?でもイイ男ね」
 帯刀した剣を顎で示し亟光が言う。
「…確かに…」
 二通りの意味で。

 彼が握りしめる鞘から抜かれた剣は北宮が使う形状とは違い、両刃の剣であったし、容姿は例えば。
黄龍を輝ける太陽と称すなら、彼は闇夜に浮かぶ月光。
触れれば雪の如く消えてしまいそうに脆い。

「濃厚なキスをしたら起きるかしら?」
「…止めよ…亟光」

 かえってトドメを刺しかねない、と南宮が冷ややかな眼差しを注ぐ。

…どうしたものか。彼女は呻く。

この者は一体どこから、どうやってこの邸内に入って来たのだろうか。
(この雪の中を歩いて?まさか…)
 意識の戻らない見知らぬ青年の傍らに屈み、胸に積もった雪を払う。
「うん…?」

 南宮の怪訝な声に亟光も背後から覗き込み、息を呑んだ。

彼が纏う雪がみるみるうちに赤く色を滲ませてゆくのだ。
純白の結晶は流れる血を吸い上げ、鮮やかに染まる。


「誰か!医術の心得が有る者はおらぬか!」

 突然響き渡る朱雀神子の叫びに何事かと使者達が集まり出す。その中から、応急処置程度なら…と従者の一人が手を挙げた。
+++


 胸から下。ほぼ上半身を大きく裂いた傷は想像よりも深く、凄惨な状態だった。
刀傷とも違う、無数の深い刺傷は獣の牙にも見える。

南宮に医術の知識は無いが、応急処置程度では癒やす事は出来ないであろう。
本当に医学を学んだ者…もしくは。と、治癒力を持つ黄龍を思う。

彼ならばこの傷を治せるかもしれない。
 難しい面持ちで、客間に急遽床を用意し、運んだ青年の寝顔を見ていた南宮に亟光が思いがけなく首を振る。

「此処で死ぬならそれが運命。力ずくで寿命の意図を伸ばすのはマナー違反よ」

 それが道理だと云う事は良く判る。生殺与奪は不可侵の領域だ。
「しかし…!」
 彼女は声を荒げ立ち上がる。
「…。」

 そんな朱雀の想いに導かれたのか。
青年はゆっくりと瞼を開いた。
 透明な薄い氷の様なブルーの双眸が二人を見つめる。


「―…フロスト…ジャック=フロスト…―」
 不思議そうに部屋の周りを見回し、自分を見つめる2人の美姫に語りかける。

が、やはり言語が違う彼の言葉からは、名前だと思われる一節だけしか聞き取れなかった。
「…どこの国の言葉じゃ?」
「知らないわよ!」
 些細な会話すら喧嘩ごし。

 頼りにならない運命の紡ぎ手に溜め息を浴びせ、南宮はしどろもどろに話しかけた。
 彼は恭しく頭を下げ、一瞬朱雀と亟光に視線を彷徨わせたが、額に汗を浮かす朱雀の手を握り、高揚した甲に口付けを落とした。
亟光の驚愕と乙女の悲鳴とは、はほぼ同時に、社全体に響き渡る。


―雪はまだ止まない。
あと少し。

 彼の意識を運んで静かに、はらはらと降り積もる。
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