四宮噺

□四凶異文
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長身の女が踵で地面の砂利を弾いた。

足元にはバサバサと耳障りな音をたてて赤毛の軍鶏がまとわりつく。
人の言葉を無くした土の老師達は尚も彼女の歩みを阻むが、爪先で蹴り上げられるだけだった。

人型であっても誰一人、彼女の敵では無かったのだ。鶏の本体で何が出来るのだろうか。

「身を犠牲にして封じ込めを施すとは…先短いご老人方の考そうな事だな!」
 甲高い鳴き声を浴びながら両の頬にまで垂れ下がる前髪をふう…と吹く。
彼女ら…四人のうち最年少の饕餮(トウテツ)はきゅうん…と眉を寄せ忌々しい檮兀(トウコツ)の拳を見た。
「トウコちゃん…」

 都中の神術師を集めて作られた監獄の更なる下層。幾度となく取り押さえられては脱獄し、終身独房に入れられる日々が随分とたつが、こんな枷を付けられるのは初めてだった。

重い利き腕を挙げれば、じゃらりと鎖の擦れる音がする。

彼女の肘から下は鳥籠の様な円形の檻に捉えられ二度とその手を血に染める事は無いのだ。

「でもキュウちゃんがきっとなんとかしてくれるよ」

「その通り」 柵にもたれ、三人目の「凶」と呼ばれる仲間の名を口にすると呼応した様にヒールの音が聞こえた。きらびやかな金色の冠で橙色の髪を結い、天女の仕草でふわりと衣を翻す。
「遥か大陸の心部にある四神の帝都に行こう」
「…四神?」

 怪訝に返す檮兀に窮奇(キュウキ)は尖った顎に指をかけ、鮮やかに口元を曲げた。

「四方位の御子が統治する都で、なんでも一滴の血も流さず10の海を支配したとか」
「ほぉ…」


「たった3夜で「刈り取る者達」を従え、地と海底の軍を統べる独裁者…
まぁ…噂ではあるが」

 大げさに誇張された可能性もある。
事実かどうかは解らない。
「けれど面白い話だ」
 女の冷たい容貌が歪む。腿に腕を回す饕餮は首を傾げた。
「お腹いっぱい食べれる?」
 可愛らしく瞳を挙げて自分を見上げる桃色の羊に窮奇は頷き頭を撫でた。

「渾沌(コントン)の預言詠みは絶対に当たる。何にしろ奴等が今の俺達に必要なのは間違い無い」

 偽りの優美さからきりりと獣の眼差しで窮奇は檮兀を見る。

彼が真剣な表情を見せるのは仲間にだけ。
心配するのも彼らの事だけなのだ。
「デマならいつも通り破壊したら良い」
「そうだな、役に立たない命でも捻り潰す楽しみはあるからな」

 戒めごとぶんぶんと肩を回し、彼女は愉快そうに軍鶏を蹴散らせば、逃げ惑うそれを饕餮が追いかける。

「難訓の檮兀に封じ込めなんて無駄な労力使いましたね、老師方」

 檮兀は誰の言いなりにもならない。誰の教えも指示も受け入れない。

だからこそ檮兀なのだ。

「それでは皆様どうぞお元気で、長生きして下さいませ」
 最後尾で思い出した様に窮奇は振り返り、うやうやしく頭を下げ裾を摘まんで一礼をして見せた。
 自らが及ばぬ為、都を襲う四凶の暴虐に鳴き声が更に大きく膨れ上がる。
けれど声を無くした善者達の制止は届かない。

彼らの信ずる物は己の信条と仲間の言葉だけ。

 愛も正義も真実も。
全ては偽りで塵と灰。
狂気の沙汰だと、遭遇した者はこぞって言う。

あれは四凶。彼らを止める事はどんな聖人君主にも不可能だろうと。

どんな。
どんな…?



―くしゅん。
「宮、風邪?」
 小さなくしゃみに少女は即座に顔を覗き見る。
問われた少年は金色の髪を振るってなんでもないよ、と微笑む。
 夏の終わる虚ろな風が社の中を吹きぬけた。
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