四宮噺
□黄昏恋流
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鉛の様に重い体と心。
頭に浮かぶのは自身の不甲斐なさを責める言葉ばかりで、先のすべき行動が考えられない。
三人と別れた西宮は暗く俯き、今にも倒れそうな足取りと蒼白い顔で長い時間をかけ、ようやく自身の家城へと辿り着いた。
大声で泣いてしまえば少しは気が紛れるのだろうが、重傷の南宮を前にして自分を憐れむ訳にはいかない、と溜めた涙を流さない様拭い取る。
明かりが消えた部屋の扉を弱々しく開閉する音に、待ちわびていた御十姫(妹)が寝着姿のまま姿を見せた。
「虎姉様?」
「姫ちゃん…」
すっかり白虎邸の居候と化していた水底の姫は、少女の落ち窪んだ表情にはっと口を閉ざす。
まるで幽鬼の様な、吹けば消える存在感の儚さを纏い、その場にへたり込むと、西宮はそれきり動かなくなった。
「……赦せませんわ」
宙をぼんやりと眺めるだけの虚ろな瞳で固まる西宮を見下ろし、御十姫が呟くと困惑した顔を上げる。
彼女は甘い容姿に似合わず、つんと尖った口調で叱りつけた。
「青龍様のお心を奪った方がこんなにみすぼらしいなんて。私、赦せませんわ!」
「ええっ!?」 そう言うなり御十姫は軽く西宮を引きずると、否応なく身ぐるみを剥ぎ浴室に放り込んだ。
慌てる声も、戸惑う声も聞き入れない。
無理矢理椅子に座らせると、指先一つで蛇口を動かす。
彼女の操る湯水は生き物の様に踊り、みるみるうちに浴槽を浸し、西宮の冷えきった体を叱咤した。
「ちょっ…姫…!ぷっは!」
暗い気持ちとは裏腹に、温かいお湯と良い香りの石鹸に包まれ緊迫していた神経が解れてゆく。
自身の衣が濡れるのも構わず、後ろに屈むと御十姫は銀色の長い髪を派手に泡立て、洗い出した。
これが彼女なりの気遣いなのだ。
「……ありがと」
ほかほかと血色の戻る掌を眺め礼を述べた。
「青龍様に出逢われた時、いかに私が優しく寛大であったか語り聞かせて下さいませね」
「……。」
下心のある笑みを浮かべ、御十姫はウインクをして見せる。
西宮も吊られて微笑んだ。
それから睫毛を伏せると、胸に使えた憤りを吐き出した。
「…あたし…業光に守られてばかりだ」
頭の天辺から爪先まで隅々洗われ、それでも尚肩を震わす。聞いた御十姫は人差し指を可愛らしく唇に当て、不思議そうに首を傾けた。
「…それが殿方の勤めですもの、至極当然ですわね?」
「ひ…姫ちゃん?」
あまりにあっさり肯定され、思わず声が裏返る。
それでは擣兀の主張を全否定だ。
西宮は桜色の入浴剤が入った湯船にぶくぶくと浸かった。
疲れきっていた体は布団に沈めば簡単に眠りに堕ちる。
御十姫は甲斐甲斐しく西宮を労り、何があったかは決して聞かない。
その夜、西宮は夢を見た。
一面に咲き誇る黄金の花畑に東宮と、見知らぬ青年が立っている夢だ。
悲しげに俯いた横顔に、西宮は何故か声をかける事を躊躇い、ただ眺めていたが、彼の傍らに四凶、窮奇と擣兀が並んで横たわっている光景に歩み寄る。
「宮…」
急に不安になった西宮は東宮呼ぶ。青年がふとこちらを睨む、と黄色い花畑が風に靡いた。
東宮は西宮の声に気がつかないのか、視線を向けず彼らの胸に両の掌を当てた。
(あ…!)
驚く西宮の目の前で、東宮の翳す手は二人の胸の傷を塞いでゆく。
そして瞼が開かれた。
「凄い…!宮、今のどうやって!?」
息を吹き返した二人も自身の奇跡にお互いを見つめ、言葉を無くす。
「安心して西宮。業光も南宮も無事だよ」
ようやくこちらを振り返った東宮はやんわりと微笑んだ。
いつもと変わらない、穏やかで優しくて目映い笑顔。
けれど何故だろうか。
その美しき碧眼には一筋の涙が伝う。
「どうして泣くの…」
彼の涙を見ると西宮も悲しくなる。
じわり…と潤む瞳で東宮を見返すと、間を割って銀髪の青年が腰に手を当て鼻を鳴らした。
「どうしてだって?
お前達があまりにも役立たずだからさ!」
不快な物を見る目付きで彼は西宮を見下す。
その両眼は白く濁り、見えていないようだったが、鎖骨にある赤い瞳がギョロリとこちらを見た。
「ひ!?」
そこで彼女は目が覚めた。