四宮噺
□金色謳歌
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―お前達があまりにも役立たずだからさ!
「…!」
の呑み込む悲鳴に驚き、飛び起きる。
潤ませていた瞳を開けば心配そうに覗き込む顔がすぐ近くにあった。
それは夢に見た少年の姿では無かったが。瞬き彼の長い指で目尻を掬われると満面の笑顔を見せた。
「業光―っ!」
「!?」
良かった!と言うなり抱きつく。
飛び付く様な西宮の抱擁に業光は慌てて身を避ける。けれど彼女の両腕はしっかりと背中に回され、ぶらりと素足が浮いた。
「もう大丈夫なの?治ったの?」
くるくるとよく動く瞳でまっすくに見上げれば低温の面が少し赤らむ。
「…よく覚えていないが、恐らく」
青龍の掌に拾われた気がした、と小さく呟く。
(業光もか―)
自分が先ほど見た夢を話す為、一旦業光から離れ正面に座り口を結ぶ。
西宮の真剣な表情を読み取ると自身も眉を寄せた。
…が、突如バタバタと廊下の床を打ち鳴らし、こちらに駆けて来る激しい足音に背筋を浮かせ人形を解いた。
「な…何?」
「ぅわ!?」
白銀の砂煙の中、ころんと吐き出された赭光がでんぐり返る。訳が分からず顔を見合わせる二人の前で寝室の戸が乱暴に開かれた。
「業光はここか!?」
利き腕枷の鎖を事も無げにじゃらじゃらと靡かせ、長身の女は仁王立ちに敷居を越えた。
四凶の一人。擣兀だ。
「い…居ませんっ」
「ふん…この私に勝ち逃げとは良い度胸だな」
腹立たしげに、けれど何処か愉しげに。自由の効く拳を壁に打ち付けると簡単に丸い穴が空く。
部屋に居ない事をぐるりと見回し西宮と赭光に向き直る擣兀は腕を組んだ。
いまだ起き抜けの格好でいる西宮にそういえば、と顎を示しす。
「青龍邸には行かなくて良いのか?他の二人は朝早くから集まってると聞いたぞ」
「嘘!?」
大変っ!と飛び上がると少女は慌ただしく着物を掴み、表に跳び出た。
取り残された擣兀は、初めて変わった仮面をした少年をしげしげと見定める。不気味に笑う面の奥から負けじと赭光も見返す。
女は唇を歪めた。
「……ところで少年。お前、何か武術は出来るか」
「……え…」
++++
「御初にお目にかかります、私は青龍。
先代の東宮が降任の後、官職を引き継ぐ者でございます」
少女は強気な眼差しを向け、青龍の社に集まる一同に向かって公言した。
青龍の名を表す様な鮮やかな蒼い髪を長く三つに編み、背中に流す。歳は西宮よりも少し上だろうか。
何の辞令も無い青龍の返還に町の住人や女官達がざわつく。
「そんな話は聞いておらぬぞ」 胸中を代弁した鋭い一声に
青龍の視線がさらに細まる。人垣の奥から紅の女性がつかつかと歩み寄った。
「本人の言葉もなく、官職交代なんて聞いた事がないね。東宮は何処にいる?」
怒りに震える南宮の直ぐ後ろから北宮が冷たく青龍の前に立つ。
二人の威圧的な態度を挑戦的に受け止め、少女は恭しく頭を下げた。
「双方の申し分も最もで御座いますが、東宮様ははっきり言ってしまえば『クビ』。
黄龍聖下、麒麟猊下の勅命で御座います。あの方は二度と此処には戻りません」
「なんだと…」
余りにも強引な辞令に南宮の眉が更に上がる。
神職二人の名前に北宮も呻く。
「四凶の件に御二方は大変心を痛め、至らない貴殿方の為に私が遣われました」
さらりと言い放ち、用は済んだとばかりに背を向ける。
三つ編みをしならせ規則正しい歩みで立ち去る青龍の後ろ姿に、少女のか細い失意に満ちた声が掛けられた。
「…宮が、…クビ…」
「…。」
けれど青龍はふと首を向けただけで、振り返らず。
何も語らず、自室となった青龍邸に入って行った。