四宮噺

□初夏半夜
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夏の暑い夜。

 四方都の真ん中にどっしりと構えた麒麟の建てた宮廷は静まり返っていた。

 昼間は沢山の仕官達が帰ってきた黄龍を、青龍であった時同様に迎え讃えたが、
日の沈んだ今は全ての人を払っている。

 何故なら今夜は黄龍と白虎が伴侶の誓いを交わした1日目の夜。

初夜である。

「小さい頃から泊まりに行ったりしてたけど、改まってこう…同じ部屋で眠るのって変な感じだね」

 重い装飾と着なれない正装を脱ぎ、いつもの薄衣に着替えた西宮はソワソワと寝具の上に腰掛け、両足をばたつかせた。

二人どころか四人だって眠れてしまいそうな、屋根の付いた大きな布団。

城の全ては麒麟が造り出した物だが、現実の世界に来たせいか幻影もしっかり実体化出来る様になっていた。

黄龍と会ったから?

そう思い西宮は相変わらず緩やかな微笑を浮かべる東宮を盗み見る。
「西宮はこれまで通り、好きな事をしてて良いんだよ。
麒麟や青龍は形式にうるさいけど、此処に慣れるまで白虎の社に帰っても…」 落ち着かない仕草の少女に黄龍は変わらぬ言葉をかけた。誓いをしたからといって、自分の所有物の様に扱うのは嫌だし、彼女にもそんな気持ちを負わせたくない。
黄龍はありのままの西宮を愛しているのだ。

「好きな事か―…」
 きらきらと零れる金色の微笑みを受け、首を傾げた白虎は何かを思い出した様に四脚のある寝床から飛び下りた。

「そういえば!」
「?」
 今度は黄龍が首を傾ける。

「あたしね、水底から戻ったら皆でやりたい事があったの。
四凶が来て、宮が居なくなってずっと出来なかったけど…良いかな!?」

「…皆で…?」
 唐突な西宮の言葉に、ふふっ、と声を上げた。

 好きな人と二人っきりも素敵だけど、好きな人と皆とでいた方がもっと楽しい。

瞳を輝かせる妻に黄龍は大きく頷く。
「そうだね。きっと今頃、南宮も北宮も彼らをないがしろにして二人っきりで過ごしてると思っているだろうから、驚かしに行こう!」
「うん!行こう行こう!」

 ぴょんぴょんと跳び跳ねて喜ぶ西宮の手を握り、黄龍は閑散とした宮廷を飛び出した。

途中、引き留める様に吠える蚩犬を抱き、鳴く青龍をつまみ上げ肩に乗せる。 何事かと廊下を覗いた麒麟が二人に目を見開いた。
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「ええい!暑苦しい!止さぬか北の!」
「だってさ―初夜だよ!?今頃僕の東宮が…!」
「嫌ですわ、玄武様ったら。
東宮様がはっきりしないのを良い事に夢を見られて」

 おほほほ、と扇子で口許を隠して嘲笑う御十姫を北宮が睨む。
一同は誰もが一人でいられず自然と朱雀の社に集まった。

呆れ果てた南宮の後ろに立ち、腕を組む窮奇は肩を竦め、くつくつと喉を鳴らす。
「っていうか、なんなのこの醜い集まりは」
「…お主は何故此処に住んでおるのじゃ」
「他に行くところ無いし、あ…大丈夫だよ?俺、あんたみたいな裏表の無い人間嫌いだから」

「…」

 それぞれが険悪に酒を交わす。
口には出さないが皆、東宮と西宮が別の階級になったようで複雑なのだ。
明日からは今までの様に笑い合う事は出来ない。

―と、障子の外。
庭先で闇夜に光がパチパチと弾けた。
「…っ!?」
 何事かと眉を寄せ、力いっぱい戸を開け放つ南宮は思わず声を呑んだ。
「黄龍!?西宮!?こんな所で何を…」

 続いて覗き込んだ北宮が、直ぐ様訊ねる。
そこには打上げ花火を持たされた不機嫌な麒麟と、手持ち花火を翳してはしゃぐ二人が居た。
「竜見川の花火大会が中止になってから、ずっと忘れられてたんだよ?打上げ花火は濡れてダメになっちゃったけど…」
「南宮なら元に戻せますよね」
 にっこりと笑う黄龍にやけ酒を煽っていた一同はふんわりと同調する。
「…あれ。もしかして僕達だけ仲間外れだったのですか?」

「何を申すか!任せよ!」
 悪戯っぽく問う黄龍に、南宮は庭に転がり出る。
丸い打上げ花火に印を向けると、火の玉に変わって夜空に華を咲かせた。

「全く君達は…」
 大輪の花弁を広げ、散る炎の滴を眩しく見上げ、北宮が苦笑する。
同じく隣で見上げていた御十姫は、わざとらしくくらりと黄龍にしなだれた。
「東宮様〜、姫、花火って初めてですの、音が大きくて怖いですわ♪」
「Σ姫ちゃん!?」

笑い声。
他愛ないお喋り。
夜空には星と、鮮やかに広がる花火。
「…はん…つまらない連中」

 窮奇は独り縁側で呟く。
騒ぎに呼び寄せられ、だんだんと数の増えてゆく見物人を眺め、空の杯に冷酒を注ぐ。

「…俺もか」
 沢山の人々に紛れ、不思議そうに空を見上げながら此方に近付いてくる、擣兀の姿にふと、魅惑的な唇を歪ませた。

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