四宮噺

□雨宿り
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 外に一歩出た途端、待ち構えていたかの様に降りしきる夏の雨。

灰色に染まった空は夜に落ちきらないブルーの色を滲ませほんのりと明るく帰路を照らす。
 雫は陽光とも月光ともつかぬ黄昏に反射し、煌めく宝珠の如く美しいが
それ以上に輝くものは濡れる金色の髪を靡かせ走る光の矢だ。

「うわ―!」
 パシャパシャと水溜まりを身軽に飛び越え、地面からの跳ね返りを最小限に抑えながら雨龍は大きく枝を広げる大樹の幹に身を隠した。
そこには小さな休憩庵が造られており、雨宿りが出来る様になっている。

 こんな事ならまだ帰らなければ良かった。
 雨龍は親譲りの端正な眼差しを曇らせ、激しく涙を落とす天上を睨む。
降りしきる雨は地面を叩き天地を繋ぐ。
一瞬、世界が逆転した様な錯覚に首を傾けた。
「…あれ…?」
 雨龍は空を見上げて首を傾げた。天上に映るのは逆さに釣り下がる宮殿。
象牙色の丸い屋根は街のどの建物にも似ていない。
その庭先に自分と同じように首を傾け見上げる少女が見えた。
まるでこちらを覗き込むように。
美しい長い白髪を足首まで伸ばし、細い頸を斜めに傾ける。

「君は誰?」

 雨龍が無意識に手を伸ばすと鏡の向こう側が水面の様に波紋を描く。
「!」

 雨の画面を越えて、掴まれた手はとても冷たく、力強い。

「こっちに、来て」
 少女はくすり、と唇を歪め外見には釣り合わない力で雨龍を引きあげる。
地面から足が浮き、言い知れぬ恐怖に声を飲み込んだ。


 腕が肘まで向こう側に入る。と、その時。
自分の手を掴む冷たい手とは反対に、覚えのある腕が彼女を地上に引き戻す。

耳元で白銀の刃が風を斬り、少女の腕を断つと、地面に腰を落とす雨龍の頭上にぱたぱたと白い小さな集団が降ってきた。

それは、この世で最も苦手とする、彼女の天敵。


「うわ…!な…ナメクジ!?やっ!
きゃああああああぁぁーーーつ!」


 少年の様に外見を装ってもこの時だけは不可抗力で、乙女に戻る。
頭に張り付く気持ちの悪い感触に雨龍は座り込んだ。

「取って!取ってください!師匠ー!」

「やれやれ…。
黄昏時の天気雨は魔物が潜むからねって言うそばから…」

 ぽいっぽいっと彼女の体に付く魔物の欠片を指で弾き、師匠。玄武は軽率な弟子を軽く睨んだ。

「…魔物…ですか?あんなに愛らしい姿をしているのに?」

「じゃなければ皆罠にかからないだろう?
外形と中身が同じように美しい人はごく稀だよ」
「でも…」

 美しい外形ゆえ、心に魔物を育てなくてはならない人も中にはいたのではないだろうか。
劣るよりも、秀でる方がずっと孤独を味わうものなのだ。

 ふとそんな事を思いながらふと、雨龍は虹のかかり始めた夕空を見上げた。

「でも師匠はその稀な部類でも最高潮だと思います!」
「…そんな台詞は片手で生卵を崩さず割れる様になってから言いたまえ」

 それに最高潮なのは君の父上こそじゃないか。
彼によく似た、それでいて全く違う。
意地悪を言われ膨れる横顔を眺め、玄武はくすりと笑った。

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