四宮噺
□四神故宮
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儀式の最中で新たな朱雀と四人の方位神主は金色堂から出てこない。
一人放置された青龍見習いの少年はただ壁際に凭れてぼんやりと外を見ていた。
眩い金色の髪はこの都で珍しく、青い瞳は天空ほど澄んでいる。
退屈を持て余し、彼は広間を横切りあてもなく歩き回ると風に乗って誰かの泣き声が聞こえた。
滲むのは血の臭い。
「…」
来た道を戻り、境内を覗くと裏口から見える給湯所に黒衣の少年がうずくまっていた。
研ぎ澄まされた黒い刃が持ち主の身を裂いたのだ。
怪我をしていた少年はこちらに気がつくと切っ先向けた。
「この事は誰にも言うな!」
玄武は厳しい人だ。
ぴんと背筋の張った立ち姿に冷ややかな眼光。
蛇の様に身体を這う、滑らかな長い黒髪。
誰にも頼るな。信じるな。劣るなと言い聞かせられていた少年は、師の居ない隙に起きた不祥事に身を強ばらせる。
彼女の目を盗んで剣に触れたあげく、手を斬るなどと。
知れればただでは済まない。
痛みよりも畏怖に震える彼は初めて心配の言葉を掛けられた戸惑いにも攻撃的に応じた。
「誰にも言わないけど…でも手当てしないと」
「御前には関係ない!」
―ぴしゃり。
「!」
差し伸べた手を打ち払われ、若い青龍は顔を歪めた。
悲しげな瞳の色に玄武の少年は、はっと唇を開くが言葉が続かない。
師と二人きりの狭い世界は会話を重要としない閉じた空間で、思いを口にする事など無かったから。
「…」
泣き出しどこかに消えてしまいそうな表情であったが、彼は一度俯き瞳を拭う。
それから自分の白い着物の袖を千切ると見習い玄武の指に巻きつけた。
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儀式が済み、青龍の社に戻っても尚瞳を潤ませる少年に師である青龍はそっと隣に腰を下ろす。
「…何かあったのか?」
口数は少ないが、優しい声。四宮一、美しい長い髪を摘み少年は答えた。
「…好きなら嬉しい、嫌いと言われるのもまだ平気。
でも『関係ない』は、とても悲しい言葉です」
歩み寄る余地のない強い拒絶だと、啜り泣く。
「…『関係ない』が悲しい、か」
「白虎?」
悲しむ少年の隣でやはり同じ様にしょんぼりと肩を落とす少女の隣に白髪の青年がいつの間にかにやにやと座っていた。
西を守護する白虎である。
「俺達はいつからお互いに関係ないと思う様になったんだろう…ね。プチ青」
「プ…プチ青!?」
聞きなれない呼び名に本人よりも青龍が眉をあげた。
「そ。青龍のチビッコだからプチ青。
これはプチ白、玄武のはプチ黒とか?」
「うちの子に変な名前を付けるな!」
親ばか全開の青龍に明るく笑いとばし、白虎は両腕を頭の後ろに組んだ。
四人が四人である理由。
それには意味がある筈なのに、いつからか孤立してしまった。
唯一その事を懸念している白虎は慰め会う若い四宮を二人ごと大きく抱きしめた。
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