□第0環
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LOVE FOOL
『第0環』


―貴方が居ない世界には耐えられない。
どうぞ何時でも私を御傍に置いて下さいませー
 

 そう言って両掌から差し出された魂の結晶は美しく透きとおり、虹色の回廊で輝いた。

 天も地も無い夢幻の中、宙に漂う曲がりくねった一本道は、物質の用途を成さず定まりがない。
砂時計の様にさらさらと崩れ、積もった砂がまた別の道を示す。

 まるで「迷宮」、ラビリンス。

 足で歩く必要がないから、床に硬度は要らず、道路に距離も要らないのだ。
一歩、羽根の無い者が踏めば、底なし沼の様に奈落へ沈む。
彼女らは偶発的な迷子を歓迎するが、侵入者を激しく嫌っていた。
そんな物質界の介入を拒絶する「旧」世界で唯一の人間。
来訪者は精霊にも劣らぬ麗貌の美しい青年で、彼はしっかりと回廊に踵をつけ、歩き、息をする。
現世も旧世にも囚われない稀な存在。崇高なる力の持ち主である証だった。

 金色の粉を羽ばたきと共に舞散らせ、まともに顔も見られない乙女は震える。
濃霧の闇からひそひそと二人の動向を彼女と同じく胸を高鳴らせ見守る気配を肌に感じ、
彼はゆっくりと身を屈めた。

「…有難う、大切にするよ」

 青年の囁きは優しい歌声。
青年の微笑みは夜を瞬く綺羅星。
 光の加減で蒼くも見える銀色の髪が彼女の目の前にさらりと零れ、はっと息を呑む。
想い人の唇を慌てて閉じた瞳で額に受け、頬の赤みと掌に乗せた石の輝きが共鳴を始める。
 それはもう幾つ目になるだろうか。

 帰還を呼び止め、差し出された宝石は精霊達の力と心と彼への愛そのもの。
生まれて初めて人間に恋をした彼女達は昂る感情を昇華する術を知らない。
苦しく締め付ける胸の痛みから逃れる為、自身の全霊を彼に相応しい形で差し出した。

 それこそが無償の愛。
愛される事は望まない。
貴方が私を必要としてさえくれれば、それだけで幸せ。

 眩い輝きは辺りを強く照らし、吸い込まれる様男の掌に納まった。

精霊姫の姿はもう其処に無い。
残ったのは可憐で美しく、儚く強い宝石が一つ。
自らをも中に閉じ込め、彼女は言葉通り一時も離れず彼の傍に居る事を望んだ。

 盲目な情故の無謀か、もしくは。
彼女達は知っていたのかもしれない。


 今宵、頭上に昇る満月が彼を不穏に照らす事を。
これより彼に与えられる不運にして幸運な物語の一編を。

 無論、聡明な彼女達がそれを口にする事は無いのだが。
(貴方を愛しています、ヴィヴィアンヴァルツ)

「そんな事は判っている、当然だ」

 ポケットに仕舞い込んだ石が、ふと、そう囁いた気がして彼は面倒そうに応えた。
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