□第0環
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 気分の赴くまま、世界と世界の真理を浮遊移動する10の神界を渡り歩き、手にした宝石は全部で10個。

 精霊神姫を全て虜にした青年、魔術師の名はヴィヴィアンヴァルツ=¬ラヴィニ=ヴィルベルガと云う。

物質界において現時点、彼の才能と美貌は人間の中でも羨望の的であった。
その名と顔を知らない者は無く、老若男女問わずが彼に見惚れる。
風を斬って歩けば、白銀の髪が滑らかに宙を舞い、眼差しは湖の如く、深い蒼でありながら高貴な紫を滲ませる。
讃えられる事に慣れた高慢な言動すら許せてしまう。
自他共に認める美貌の天才魔術師ヴィヴィアンヴァルツ。

 蜃気楼の様な旧世界から戻り、大きく伸びをした彼が真っ先に向かった場所は私邸ではない。
まして突然行方をくらまし、多大な心配を誘発させた友人や師の元でもない。
旅をした後に立ち寄る先はいつも同じ。
細指をタクトの様な振り一つで目的地に空間を繋ぐと、渋く錆びた鉄扉を触れずに開け放つ。

 そこは辺境の地。
崩れた廃街の中にひときわ不気味に建つ城。
幽霊の棲家と噂される無人の古城に、彼は至極慣れた面持ちで踏み込んだ。

 入口のドアを抜けるとそこにはがらんとした石灰色の大広間が出迎える。
家具も荒らされ、装飾品も殆どが盗まれた後だった。
壁の肖像画はもはや誰を描いていたのか判らない、壁からずり落ち傾いている。
にも関わらず、丸テーブルと2脚の椅子だけが真新しく、意味ありげに置かれているのが更に不気味さを増す。
 ヴィヴィアンはあたりを見回すが人の気配は無い。
蝋燭は燃え尽き、薄暗い場内に灯る唯一鮮明な色彩といえば彼の纏う真紅のコートのみ。
歩調に合わせて床が響き、銀色の髪が肩を滑る。

「これを指輪にするとしたら何カラットになるかな?」
 抱えていた酒瓶をテーブルの端に置き、ポケットから取り出した大粒の宝石を無造作に広げ、彼はそこに何者かが居るかの様な口調で訊ねた。

 ルビー、オパール、エメラルド、タイガーアイからダイアモンドまで。
 全てが磨き上げられたばかりの繊細な輝き。

 当然だ。
精霊の愛と魂の結晶なのだから。
けれどヴィヴィアンは自分に寄り添い、転がる石を冷ややかに指で弾く。
あしらわれた宝石は、テーブルを滑り端から床に落ちるー…寸前。
誰も居ない筈の室内で溶けた蝋燭が時間を巻き戻した様に立ちあがり、音もなく火が灯りだす。
視線を正面に上げると亡霊の様な青白い男が、哀れなサファイアを受け止め、立っていた。

「…お前、錬金術師を装飾デザイナーか何かと勘違いしているんじゃないのか?」

 指に捕えた姫を9つの仲間に合わせ、テーブルの酒に手を移す。
笑うと益々見えなくなる、深淵の様な眼を細め、薄情な魔術師を皮肉った。
「俺にとっては同じ様なものだ。頼むよ、ノーデンス」

 とびきりイケてるやつに加工してくれ。

城主である男の登場にヴィヴィアンは椅子を大きく倒し、背もたれに身を傾ける。
 横柄とも言える態度が彼の前で許されるのは、ヴィヴィアンヴァルツだけだった。
ノーデンスにとっても、この魔術師に厭味を言えるのは自分だけ。
彼らは利害の一致と専門分野の違いから、特別な絆が形成されていた。

「これを全部?出所はあえて聞かないが、勿体ない…」

 石を翳し、ノーデンスはレンズの様にヴィヴィアンを映す。
テーブルに広げられた宝石は眩く美しい。
どれをとってもこのまま王冠のトップを飾れそうなほど素晴らしい逸品だ。
それなのに、とノーデンスは口元を尖らす。

「じゃらじゃら纏わりつくのはすきじゃないんだ。物も、人も」

「その性格を知っていなければ、俺もその煩い独りになる処だったなー」

 危ない、危ない。

大げさに肩を竦ませ笑うノーデンスの顔は目と口元が湾曲に割ける。
仮面の様な笑顔を長い白髪の隙間から覗かせ、彼は愉快そうに声を立てた。

 今は何も飾られていない、彼の指全てに精霊の指輪が身を置くのはそれから一晩たった後。


 ヴィヴィアンヴァルツが本当の意味で「指輪の魔術師」と呼ばれるのは遥かずっと後の話。
彼が精霊に注がれた愛情の真価を深く思い知る。

その後の話だ。



=END。
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